近況・新刊情報と最近読んだ本など

 すっかり久しぶりの更新になってしまいました。世間では卒業の時期ですが、史学科を卒業された皆さんが、どうか事実と過去と人の生きた証に誠実に向き合う心を忘れずに済むような世間であることを願ってやみません。

 さて、ここ最近は西洋哲学・イスラーム哲学の存在論やら意思論やらについて勉強していましたが、ふと中国思想ではどう扱われているのだろうと思って調べています。西洋(中世)哲学・イスラーム哲学では、神が絶対の前提にあるのに対し、中国思想・中国哲学では「そもそも天って何ぞや」というところから議論があるようで、「キーワードで読む中国古典」シリーズの『コスモロギア 天・化・時』に収録されていた中島隆博先生の「天について」が非常に面白かったです。このシリーズ、値段も手頃な上、論点ごとに章がまとまっていて分かりやすく、法政大学出版局にしては表紙デザインも格好いいのでなかなか満足度の高い品になっています。
 柳宗元の天論に興味が出てきたので、関連する本も読んでみたいところです。

 では、新刊情報。
 まずは吉川弘文館の東北の古代史シリーズ。同時期に刊行が始まった東北の中世史シリーズに比べてやや遅れ気味でしたが、今月末に5巻『前九年・後三年合戦と兵の時代』が、来月半ばに4巻『三十八年戦争と蝦夷政策の転換』が、それぞれ出版されるようです。
 岩波文庫4月には『太平記』の5巻が予定に挙がっています。太平記として、また岩波のシリーズ物としては珍しく順調に出版されているので、今年中に完結を拝めそうな雰囲気になってきました。今回も帯がどうなるのか楽しみです。
 同じく岩波の現代全書から4月に『梁啓超――東アジア文明史の転換』が。梁啓超もなかなかおもしろい御仁なので期待できそうです。
 講談社学術文庫5月では興亡の世界史シリーズ『オスマン帝国500年の平和』の文庫版が出ます。オスマン帝国史概説としては、最近の知見を盛り込んでいる上、衰退期として等閑視されがちだったスレイマン大帝期以降のオスマン帝国についても詳しく、マストアイテムとなっています。未所持の方は是非買いましょう。
 イブン・ジュバイル『メッカ巡礼記』新訳の三巻も5月。これにて完結となります。

 以下、最近読んだ本。

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月の沙漠をはるばると―人とラクダとイスラームと―

 人を運び、ものを運び、時には戦場を走り、一生をともにする人間の相棒――と、言うと、おおかたの人は馬を思い浮かべることでしょう。時に、荷物や人を乗せた車を引くだけならば牛が使われたりしますが、背中を人にあずけて颯爽と駆けるのは牛には無理というものです。象も軍事的にきわめて優秀な動物ですが、象は野生のものを飼いならすことはできても、実用に耐えるレベルで人間が繁殖させることはできていません*1。トナカイやリャマ・アルパカも似たような利用がされますが*2*3、馬ほど広域で利用されることはありませんでした。しかしながら、軍事・運搬に関して馬に匹敵する重要性を持つ獣がいます。それが今回のテーマ、ラクダです。

 モンゴル史研究者の杉山正明氏が繰り返し強調しているように、遊牧民の騎馬軍事力は、海上軍事が発達する以前の時代においては極めて強力でした*4。一方、ラクダの軍事的な活躍は馬ほどの広域に渡る地域におけるものではないものの、時に馬とともにすさまじい征服活動の駆動力ともなります。ラクダ遊牧民の中で、ラクダを戦闘用に利用したのはアラブ人のみですが*5、イスラーム勢力の勃興からウマイヤ朝盛期にいたるまでのいわゆる「大征服」では、ラクダが馬とともに一翼を担ったことが伺えます(なお、西アジアに生息するのはヒトコブラクダで、中央アジアにはフタコブラクダが生息しています)。
 また、軍事的には前線の戦闘だけに注目しがちですが、ロジスティクス、すなわち輜重・補給などが極めて重要であることは軍事学の常識です。後に紹介するラクダの運搬力は、その意味で軍事的にきわめて優秀であったと言っていいでしょう。さらに言えば、西アジア史上、沙漠を突っ切っての強行による奇襲という戦術がしばしば用いられますが、これはタフなラクダ騎兵の存在あればこそ可能なのであり、騎馬兵のみでは不可能であったでしょう。

 さて、戦闘でも馬ほどではないにしろ役立つラクダですが、ラクダの本領はその運搬力と走破性、耐久力にあると言えます。
 以下に紹介するのは、スレイマン大帝期にハプスブルク家からオスマン帝国に派遣され、使節として滞在していたビュスベックの書簡です。

「私は七頭の雌ラクダを持っている。荷運びのために買ったのだが、実際のところは我が君にこの動物を献上し、その便利さを知って頂いて、この類の動物を飼育してもらうのが目的だった。
 私見では、穀物のうちでは稲、駄獣のうちではラクダからトルコ人は多大な益を得ている。この二つはともに彼らが行う遠征に極めて適しているのだ。米は劣化せず衛生的な食物であるし、少しの量で大人数の腹を満たすことができる。ラクダはかなりの重量の荷を運べる上、空腹と渇きに耐え、さして世話に手間がかからない。一人の先導者がいれば六頭のラクダを引き連れるに十分で、これ以上しつけのたやすい動物はいないだろう。
 ラクダは毛を梳いてやったりこすってやったりしなくとも、洋服のようにブラシをかけてやるだけで綺麗になる。
 ラクダは寝転ぶ時――より正確に言うならば、地面に膝をつく時――荷物を背負ったままで問題がない。もし荷物の重さがラクダの限界を超えた場合、ラクダは鳴き声を挙げて立ち上がることを拒否する。
 ラクダは頭が良いが、しかしながら特に道がぬかるんでいたり滑りやすかったりする場合、ラクダは怪我をしやすい。
 ラクダたちが輪になって頭を近づけ仲良さそうに、少ない量でも同じ水桶や飼い葉桶から水を呑んだりまぐさを食べたりしているのを見るのは楽しいものだ。
(中略)
 スルタンは遠征に出る時、四万頭ものラクダと、ほぼ同数の荷ラバを準備する。目的地がペルシアであれば、その大部分はあらゆる種類の穀物――特に米――を積む。ラバとラクダはテントと武器、攻城兵器やその他あらゆる道具も運ぶ」*6

 ラクダと一緒に米の重要性が強調されているのも興味深いところですが、西アジアの米については別の機会に譲るとして、ビュスベックが報告しているラクダの特徴について考えてみましょう。
 ラクダの最大積載重量については19世紀フランス人探検家ルネ・カイエの旅行記に詳しい記録があります。彼は自分が幼少時にヨーロッパ人にさらわれたアラブ人であり、ヨーロッパ人から逃れて故郷に帰るのだと称してサハラ交易隊に単身同行しました。彼が随行した1400頭の大キャラバンでは、ラクダ一頭につき250kgの積み荷を背負っていたといいますから*7*8、単純計算で350トンの荷を運んでいたことになります。食料や水も必要なので全てが商品ではないでしょうが、ラクダ交易のスケールの大きさが分かるのではないでしょうか。カイエによると、このラクダ1400頭のキャラバンに随行する人の数は400人。一人平均3.5頭のラクダが割り当てられることになります。ラクダを先導する人ばかりではなかったでしょうから、一人およそ4頭先導していたと見ていいと考えます。ビュスベックの報告にある一人6頭ほどではないにしろ、先導が容易であるということは見て取れるでしょう。
 預言者ムハンマド存命中から1000頭のキャラバンが編成されていた記録もあるので、かなり早い段階から大規模キャラバンは存在していたようです*9
 ラクダのタフさについては水を必要としないことも重要です。気温が30~35度でも10~15日間は水を飲まずにいられるといいます*10

 嶋田義仁氏は著書『沙漠と文明』の中で、中心乾燥地文明を馬の卓越する冷帯草原型文明と、ラクダの卓越する熱帯砂漠型文明の二つに分類しています。軍事的に卓越する冷帯草原型文明は、モンゴル帝国を筆頭に広大な帝国を築き上げることができました。
 一方、熱帯砂漠型文明は、ラクダの移動力・運搬力によって大商業文明と商業的都市文明を形成する傾向がある、としています。イスラーム勢力勃興期のヒジャーズ地方はもとより、サハラ砂漠にさえ長距離交易網がはりめぐらされ、中継地点であるオアシスは交易イスラーム都市として栄えました*11
 イスラームはかつて砂漠の宗教であると言われ、ここ最近は都市・商人の宗教としての性格が強調されています。小杉泰氏はこの二者に農村性を組み合わせた三項でイスラーム文明を読み解いています*12
 このうち二つ、砂漠性は言うに及ばず、都市性についても嶋田氏の指摘するとおりラクダの貢献が大きいのだとすれば、イスラーム文明が成立した背景の重要な部分はラクダが関わっていたことになります。
 イスラームの象徴として月が用いられることがありますが(トルコやチュニジア、パキスタン等の国旗にも用いられています)、まさに、月はラクダが街から街へと砂漠を進むとともに中天へ昇ってゆくのでありました。

*1 ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』文庫版上巻 pp.293-4
*2 「トジャの人々にとってトナカイの主な利用法は乗用と牽引用である。(中略)ちょうど馬につけるようなぐあいに背に鞍をのせる」(メンヒェン=ヘルフェン『トゥバ紀行』 p.75)。モンゴルの少数民族トゥバ人に属するツァータンと呼ばれる人々は、トナカイ遊牧民として知られている。詳しくは稲村哲也『遊牧・移牧・定牧』 pp.45-100
*3 リャマ・アルパカの利用ついては稲村前掲書 pp.247-292
*4 杉山正明『遊牧民から見た世界史 増補版』 pp.42-43等
*5 堀内勝「ラクダ」『新イスラム事典』
*6 The Turkish Letters of Ogier Ghiselin de Busbecq pp.108-9 より重訳
*7 嶋田義仁『砂漠と文明』 p.71 なお、嶋田氏によると嶋田氏自身が得ているラクダの載積基準量はこの半分であるという
*8 一方、遊牧民の利用するラクダに関しては最大150kg、短距離であれば300kgという(小杉泰『イスラーム 文明と国家の形成』 p.79)
*9 小杉前掲書 p.94
*10 小杉前掲書 p.79
*11 嶋田前掲書 pp.201-202
*12 小杉前掲書 pp.90-101



 稲村哲也『遊牧・移牧・定牧』は、モンゴル・チベット・ヒマラヤ、さらにはアンデスも加えた牧民たちの実態に迫った研究書である。著者の35年に渡るフィールドワークの成果が存分に示されている。西アジア・北アフリカのラクダ遊牧民については対象外であるが、牧民について考える上では必読書であろう。
 ヘルフェン『トゥバ紀行』は1929年、わずかな間だけ独立国であったトゥバを調査したヘルフェンが記した旅行記である。文化的な記録だけでなく、彼らの政治的な状況についても記述がある。
 ビュスベックの書簡は英訳(The Turkish Letters of Ogier Ghiselin de Busbecq)がある。スレイマン大帝時代後期のオスマン帝国の実態についてヨーロッパ側の視点で報告した貴重な史料である。
 グローバルヒストリーにおける家畜の重要性についてはジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』

近況・新刊情報と最近読んだ本など

 こっそりリンクに追加していましたが、史料和訳のインデックスを復旧させる代わりに『完史』和訳wikiを作ってみました。いくつか記事も追加してあります。以後『完史』を中心に『サラディン伝』、『名士列伝』、『ダマスカス年代記』等の和訳はこちらに順次追加していくことにしたいと思います。

 さて、新刊情報。
 興亡の世界史文庫版、第二回配本は森安先生の『シルクロードと唐帝国』。物議をかもした本ではありましたが、ソグドについてはいろいろ興味深い話が載っています。また、第三回配本は『モンゴル帝国と長いその後』の模様。同じく講談社のメチエ今月の新刊には小泉龍人『都市の起源 古代の先進地域=西アジアを掘る』という本が。主に都市の起源をターゲットに考古学的手法で迫っていくようです。
 ちくま新書3月では細田晴子『カストロとフランコ ――冷戦期外交の舞台裏』。
 イブン・ジュバイルの旅行記新訳、『メッカ巡礼記』二巻も今月。
 吉川弘文館の人物叢書にはなんと『最上義光』が。伊達を中心に見る東北戦国史だと悪者扱いされがちですが、果たしてどう書かれるのでしょうか。

 以下、最近読んだ本。

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富田健之『武帝』


 世界史リブレット人の一冊。副題は「始皇帝をこえた皇帝」。

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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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