屋敷二郎『フリードリヒ大王』


 世界史リブレット人の一冊。副題は「祖国と寛容」。

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天国は母親の足元にある―女城主ダイファ―

 来年の大河ドラマが『女城主直虎』ということもあって関連本が続々と出ています。当主の実母などの女性が当主を代行することは中世日本においては「後家権」として認められており、しばしば見られる事例のようです*1
 「女戦国大名」とも呼ばれる今川家の寿桂尼や、赤松家の洞松院も後家権に基いてその統治を行ったと考えられているとのこと。
 今回紹介するのは、中世西アジア、アイユーブ朝での似たような事例になります。
 西アジアの女性君主というと女スルターンとして知られ、またマムルーク朝の初代スルターンにも数えられるシャジャル・アル=ドゥッルが有名です。ルイ9世の十字軍やキトブカ率いるモンゴル軍を撃退し、奴隷からスルターンになった英雄バイバルスとの関わりもあり、現地のテレビドラマなどにも登場しています。彼女はかつてのアイユーブ朝のスルターン、サーリフの妻として、またサーリフの夭逝した息子ハリールの母として統治を行いました。彼女が発給した文書や、フトバ、発行した貨幣などには「ワーリダ・ハリール」すなわち「ハリールの母」という称号が用いられていたことが確認されています*2
 フトバは毎週金曜日の礼拝時に行われる説教、あるいは講話で、その最後は「このフトバを○○の名において読む」という形式で結ばれました。これは、毎週王権が誰に属しているのか確認する儀礼でもありました*3。また一方、自身の名を刻んだ貨幣の発行も自身の政治権力者としての正統性を示すものです*4
 とは言っても、フトバでの名前の読み上げと貨幣の発行という二大要件を満たしたとは言え、シャジャル・アル=ドゥッルはわずか80日間の統治をおこなったにすぎません。
 ところが、アイユーブ朝関係者にはもう一人、女性でありながら支配者となり、しかも六年間もの間その地位を確保していた人物がいます。それが今回の主人公、ダイファ・ハトゥンです。

 話はアイユーブ朝のサラディンことサラーフッディーンとその弟で後にスルターンになるアーディルがともに健在であった頃に遡ります。この二人、実はかなり仲がよく、サラーフッディーンはアーディルに相談することなく重要事を決めることはなかったと言われています*5。また、一時期にはサラーフッディーンは後継権をアーディルに与えていたらしく、メッカ巡礼の旅行記を記したイブン・ジュバイルはエジプトのモスクでのフトバにおいて、カリフ、サラーフッディーン、そしてアーディルの三者の名が唱えられ、また聖地メッカのカアバ神殿のある聖モスクでもこの三者とメッカのアミールの名がフトバで唱えられたことを報告しています*6。1183年のことなので後にサラーフッディーンの後継者となるアフダルはまだ13歳なのでおそらく中継ぎだったのでしょうが、サラーフッディーンのアーディルに対する信頼がうかがえます。
 そんなサラーフッディーン家とアーディル家はより強く結びつくべく、子供たちのいとこどうしの縁組も何組か行われています。一組はアーディルの息子でのちのスルターン、カーミルと、サラーフッディーンの娘、ムーニサ。そしていま一組が、サラーフッディーンの息子でアレッポ領主のザーヒルと、アーディルの娘、ダイファ・ハトゥンだったのです。
 歴史家イブン・アル=アシールによるとザーヒルは、事態の掌握に長け、恒常的な収入源も確保し、失敗には厳罰で挑む一方、人士には援助を惜しまなかったといいます*7
 サラーフッディーン没後、ザーヒルらサラーフッディーンの息子たちと叔父アーディルは内紛を繰り返すことになります。ザーヒルはアーディルに最後まで抵抗し、最終的にその宗主権を受け入れることになるものの、兄弟のうちでただ一人当初の領地を確保したまま天寿を全うしました。
 ダイファとザーヒルの結婚は1212年のことで、二年後には息子アジーズが産まれています*8
 ザーヒルはダイファの産んだアジーズを後継者に指名していました。実のところ、ザーヒルには年長の別の息子もいたのですが、アーディルの娘のダイファが産んだアジーズを指名することによって継承をすんなり通らせる意図があったのだとイブン・アル=アシールは書いています*5。1216年にザーヒルが突然病死すると、この目論見は当たり、アーディルはあっさりとこの継承を認めました。
 ところが、アジーズは1236年に23歳の若さで頓死。彼も病没だったと伝えられています。
 ここに至り、ダイファは本格的に政治に関わるようになります。アレッポ政権はザーヒルの息子、つまりダイファの孫のナースィルが継ぎますが、彼はまだ7歳。ダイファは摂政となり政権の発給文書にもサインし、行政に関わっていました。また、フィルダウス・モスクには彼女の名を刻んだ銘があり、「アル=マリカ・アル=ラヒーマ」の称号が添えられているとのこと*9。「マリカ」は王号「マリク」の女性形なので、まさに彼女は自身が支配者であると示していたことになります。
 当時、アイユーブ朝ではカイロのスルターン、カーミルとダマスカスのアシュラフとの間で対立が持ち上がっていましたが(いずれもダイファの兄弟)、ダイファはアシュラフから同盟の持ちかけがあったにも関わらずこの状況下でよく中立を保ち、アレッポを争いに巻き込ませませんでした。さらに、カーミル没後にもアイユーブ朝は内乱に揺れますが、ここでも同盟のもちかけを蹴ってダイファは中立を堅持。のちにスルターンとなったサーリフ(上で書いたシャジャル・アル=ドゥッルの夫のサーリフです)はこれを評価し、アレッポの領地としての独立を引き続き認めるところとなります*10
 ダイファの晩年にはモンゴルに追われ西走したホラズムシャー朝の残党の乱入などもありましたが、これはアイユーブ朝の他の諸侯の助けもあり撃退。
 そして1242年、ダイファはその生涯を閉じることになるのでした。

 実際のところ、中世日本の「後家権」と同じように、幼年の君主の後見人として母や祖母が政治の実権を握ることは必ずしも当時の西アジアにおいては他に例のないことではありませんでした。時代と地域が近いものではウサーマ・イブン・ムンキズが『回想録』に記している事例で、ジャアバルのウカイル朝の実権をしばらく握っていた元キリスト教徒の奴隷の女性なども存在します*11
 とは言え、ダイファ・ハトゥンについて思えば、サラーフッディーン没後の内乱、アーディル没後の対立、カーミル没後の内乱の時期を経験し、後の二者については当事者として政治の場におり、それでも大過なくアレッポの平穏と独立を守り通したあたり、かなりしたたかな女性であったと言えるでしょう。「天国は母親の足元にある」とは、アラブ世界で知られているハディースの一つですが、アレッポを平穏のうちに保った彼女にこそふさわしい言葉ではないでしょうか。

*1 大石泰史『井伊氏サバイバル五〇〇年』 pp.150-160
*2 佐藤次高『イスラームの国家と王権』 p.144
*3 佐藤前掲書 pp.159-160
*4 加藤博「貨幣」『新イスラム事典』
*5 Eddé, Anne-Marie , SALADIN p.121
*6 イブン・ジュバイル『メッカ巡礼記』 1巻 p.99 , pp.263-264
*7 Ibn al-Athir , The Chronicle of Ibn al-Athir for the Crusading Period from al-Kamil fi'l-Ta'rikh , vol.3 p.169
*8 Humphreys, R.Stephen , From Saladin to the Mongols p.155
*9 Ibid., p.229
*10 Ibid. , pp.230-238
*11 ウサーマ・ブヌ・ムンキズ『回想録』 pp.172-173



 井伊直虎に関しては今後も関連本が出てくることと思われるが、さしあたり前後の時代も含めて押さえられる大石氏の『井伊氏サバイバル五〇〇年』が手堅い。
 ダイファ・ハトゥンについてはHumphreysのFrom Saladin to the Mongolsから該当記述を拾って読むのが手っ取り早い。
 なお、イブン・アル=アシールのザーヒル評を引いたが、奇妙なことに、彼はダイファ・ハトゥンについて意図的に無視しているようだ。彼女に限らず、ブーリー朝のズムッルド・ハトゥンやザンギー朝のイスマトゥッディーンなど、女性が政治の表舞台に立った事件について、彼は無視したり名前を伏せたりするきらいがある。

近況・新刊情報と最近読んだ本など

 すっかり間があいてしまって、スターク『十字軍とイスラーム世界』のレビューを書くまでの数日間広告が出てしまっていました。ちょっと事情があって調べごとに時間をとられていたので、歴史から離れていたわけではないのですが、流石に一ヶ月無更新というのは無いようにしたいところです。
 下でも書きましたが大河『真田丸』もそろそろ最終盤になりました。今のところ見逃しは無いので、全話完走を目指したいところです。関連本も今年は豊作だったので、そこも含めて当たり年だったなあと。

 さて、新刊情報。
 山川の世界史リブレット人12月の新刊は安村直己『コルテスとピサロ』。書店向けページには屋敷二郎『フリードリヒ大王』も上がっていましたが、山川のことなので年明けに延期でしょうかね。
 中公新書12月に藤澤房俊『ガリバルディ――イタリア建国の英雄』が。イタリア三傑のうちでも一番ワイルドな男というイメージがありますが、果たしてどういう内容になるのでしょうか。
 ちくま学芸文庫12月に羽田正『増補 モスクが語るイスラム史』。中公新書からの再録。近年、羽田先生は「イスラーム史」という枠組み自体に批判的になってきていますが、増補はそのあたりの事情を汲んだものになるのかなと思います。
 岩波12月でタヌーヒー『イスラム帝国夜話』が森本公誠先生の和訳で。結構なお値段になっていますが……。また、岩波新書1月で池田嘉郎『ロシア革命 破局の8か月』 。
 白水社1月には『覇王と革命』の杉山祐之氏の『張作霖 爆殺への軌跡1875-1928』。
 戎光祥出版のシリーズ「実像に迫る」の12月新刊は岩松要輔『鍋島直茂』と久保田順一『長野業政と箕輪城』。

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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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