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514年 記事番2 デュバイス

イスラム歴514[西暦1120-1121]年 完史英訳1巻P212-213 
「デュバイスの置かれた状況と、その後の彼の行動についての記事」

括弧内は管理人の注
管理人は翻訳・要約に責任を持たない

以下訳文
 
 彼(デュバイス)がバグダードとその後背地で類を見ない略奪、殺人、悪事を働いていたとき、カリフのアル=ムスタルシド・ビッラーは彼に彼の行動を遺憾に思い、行動を思いとどまる旨知らせる使者を送ったが、彼は聞き入れなかった。スルタンは彼に和解を申し出、彼に彼の部下に悪事をやめさせるよう命じたが彼は拒否した。彼はバグダードの人を攻撃し、カリフの宮殿と反対側に彼のテントを張った。彼の父が公衆の面前でさらし首にされたことに対する彼の隠されていた憎しみを暴露した。彼はカリフを脅し「スルタンを召還しろ。彼が来なければ私はあなたを殺すだろう」と言った。返信が運ばれた。すなわち、「スルタンはハマダンに出向いており、彼を呼び戻すことは不可能だ。しかし我々は彼とあなたの関係を修復しよう」。使者はシャイフ(貴族、あるいは知識人)の長のイスマイールだった。デュバイスは彼とスルタンとの間の協定を結ぶため、使者を送った方がよいと理解し、[原注:脅迫を]止めた。彼はラジャブ月[原注:1220年9月26日~10月25日]にバグダードから引き上げた。
 ラジャブ月にスルタンはバグダードへ到着し、デュバイスは彼(スルタン)にアミード・アッダウラ・イブン=ジャヒールの娘である彼(デュバイス)の妻と、高価な贈り物、かなりの額の金貨を贈った。彼(デュバイス)は許しを請い、それは認められたが、彼(スルタン)は条件を飲まなかった。彼(デュバイス)は依然として反抗的なまま、スルタンの馬と牛を略奪した。シャワール月[原注:1220年12月24日~21年1月21日]にスルタンはアルヒッラのデュバイスを攻撃するために川を渡るための1000艘の舟とともにバグダードを発った。スルタンが出発したのを聞き、デュバイスは認められた安全の保障を要請した。彼の狙いは彼自身の準備が出来ているとスルタンに思わせ欺くことであった。彼はそこが襲撃を受ける前に、彼をアルヒッラに残して、彼の女性の縁者を彼の宝物を持たせて、イルガーズィーの保護を求めるため湿地帯に送った。スルタンがアルヒッラに到着した時、そこはもぬけの殻だった。彼は一夜をそこで過ごし引き返した。
 デュバイスはイルガーズィーのところへ留まり、彼に同道した。後、彼(デュバイス)は彼の兄弟のマンスールを軍勢とともにカラート・ジャアバルからイラクへ派遣した。マンスールはアルヒッラとクーファを調査しバスラまで下った。彼はヤルンカシュ・アル=ザカウィーにスルタンとの関係を修復してくれるよう頼む使者を送ったが、失敗した。彼はデュバイスをイラクへ来させるため、彼と連絡を取りこの件を知らせた。515年[原注:1221-22年]にデュバイスはカラート・ジャアバルを後西、彼が入城し支配したアルヒッラへ向かった。彼はカリフとスルタンに彼の行動に対する恩赦を願い出て、個人的な忠誠を誓ったが、何の反応もなかった。
 彼に対して送られた軍が送られ近付いてくるに至り、彼はアルヒッラを放棄しシンダードの運河のアル=アズバルに入った。軍は住民が強制退去させられ放棄されたアルヒッラへ来た。そこを助ける手だてはなにも無かった。バグダードから食料が運び込まれた。その軍隊の司令官はサード=アッダウラ・ヤルンカシュ・アル=ザカウィーで、彼はデュバイスに対抗するため、領主を押さえる500騎をアルヒッラに、また別働隊をクーファに残した。彼はワーシト(イラクの都市)の部隊にマルシュまでの道を見張るよう指示した。彼らは言われた通りにし、スルタンの軍勢がデュバイスに対して動くため河を渡った。運河の渡河できる位置で、河の両岸の陣営は膠着した。ヤルンカシュとデュバイスは話し合いを始め、彼らはデュバイスが彼の兄弟のマンスールを人質として恭順のために送ることに合意した。彼はこれを実行し、軍隊は516年[原注:1122-23年]にバグダードに降伏した。

要約
■デュバイスがバグダードに反抗し狼藉を働いている(晒し首にされた父の怨み)
■カリフのムスタルシドが諫め、スルタンが和解を申し出たが拒否
■デュバイスは「スルタンを召還しないと殺す」とカリフを脅す
■逆にカリフに説得され、スルタンと協定を結ぶほうがいいと判断、バグダードから退く
■同月、スルタンがバグダードに到着し、デュバイスは協定を結ぼうとするが細部の条件で決裂
■デュバイスはスルタンの馬と牛を略奪
■スルタンはアルヒッラのデュバイスを攻撃するため出陣
■デュバイスは安全の保障を頼むが、これはスルタンを欺き降伏する準備をしているとみせかけるため
■デュバイスはイルガーズィー(アルトゥク朝のイルガーズィーか?)の保護を受けた
■スルタンは人のいないアルヒッラに到着し、一夜を過ごして引き返した
■デュバイスの兄弟のマンスールが軍勢をつけられてイラクへ派遣され、バスラ(ペルシア湾最奥の港街)まで下る
■マンスールはヤルンカシュにスルタンとの和約の仲介を頼むが失敗
■この状況に、マンスールはデュバイスを呼び寄せた
■デュバイスは再びアルヒッラに入り、カリフとスルタンに恩赦を願い出るが音沙汰無し
■ヤルンカシュ率いるスルタンの軍が再び送られてきた
■ヤルンカシュとデュバイスは河を挟んで膠着し、和約を結んだ
■マンスールを人質にすることに同意し、軍隊はバグダードに降伏した

何かイルガーズィーがいきなり出てきますが知己だったんだろうか……。前後の記事読めばわかるのかもしれませんが今のところムスタルシドの事跡を追っかけてるのでデュバイスの叛乱については詳しいことは後回しになるかもしれないです。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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