520年 記事番5 ムスタルシドとマフムードの不和

イスラム歴520[西暦1126-1127]年 完史英訳1巻P263-265 
「アル=ムスタルシド・ビッラーとスルタン・マフムードとの間で起きた不和についての記事」

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以下訳文
 バグダード知事のヤルンカシュ・アル=ザカウィと、カリフ・アル=ムスタルシド・ビッラーの間に反感が持ち上がり、それはカリフが彼(ヤルンカシュ)を脅すことに繋がった。彼(ヤルンカシュ)は命を案じ、この年のラジャブ月[1126年7月23日-8月21日]にスルタン・マフムードのもとへ向かうためバグダードを去った。彼(ヤルンカシュ)は彼(マフムード)に事態を訴え、カリフについて彼(カリフ)が、実践を経験し能力を高めている軍隊を率いていることを述べて警告した。もしスルタンが速やかにイラクを攻撃しバグダードへ入らねば、カリフは権勢と兵力を高め、彼(マフムード)をものともしないようになるだろう。そうなればスルタンが事態を回復するのは不可能となる。
 スルタンはイラクへ向かって進軍し、カリフは、デュバイスと彼の軍勢の悪しき行為によって土地とそこの市民の貧困と貧弱が引き起こされ、人々は、農民が土地を捨てたことによる穀物その他の食料不足により深刻な飢饉に悩まされている旨を彼(スルタン)に書き送った。彼はスルタンに、この事態に際し、土地が改善され元に戻るまで来ないことを求めた。誰も彼に逆らわなかった。膨大な資金がそれ(回復)をなすため彼に差し出された。
 スルタンがこのやりとりを聞いた時、彼はアル=ザカウィが述べたことをはっきりと確信し、作戦行動を遅らせることを拒否し、彼の計画を維持し急ぎ進軍した。この報せがカリフに届き、彼の家族と女性の縁者と子供たちは、カリフととともにダフールカーダ月[原注:1226年11月18日-12月17日]に怒りと決意を露わにしながら、スルタンがバグダードを攻めた時のためバグダードを捨て西の丘を通り過ぎた。彼が彼の宮殿を断った時皆大いに泣いた。その好意は以前には決して見られなかったものだった。このことを聞き、スルタンは動転し取り乱した。彼はカリフをなだめ、彼の宮殿にもどるよう書き送った。カリフはそれにはスルタンがすぐさま退くことが重要だと返した。人々は飢饉と土地の荒廃で死にかけており、スルタンは彼が彼らの土地でみたように彼らの苦しみを増すなどとは頭の中で考えられなかった。スルタンが退かなければ、彼の兵士たちの接近を通じて彼は人々が経験したことを無視してイラクから離れるだろう。
 これらの言葉にスルタンは合意し、バグダードへの進軍を再会した。カリフは西の丘に留まり、犠牲祭[原注:1126年12月27日]が来ると、彼は人々に説教を施し祈らせた。彼らは彼の演説を聴き涙を流した。彼は宦官のアフィーフを一軍とともに近隣の州の一つのワーシトにスルタンの代理権を否定するために派遣した。スルタンはこの時バスラを治めていたイマード=アッディーン・ザンギー・イブン=アクソンコルを彼に対抗するため送った。彼はアル=ブルスキと破局し、スルタンの軍勢に加わり、スルタンはバスラを彼の領地として与えていた。
 アフィーフがワーシトに到着すると、イマード=アッディーンは彼の方へ移動し、アフィーフが西の丘に居る間、東の丘で野営した。イマード=アッディーンは彼を脅す使者を送り戦闘をしかけ彼に投降を命じたが、彼は拒否した。イマード=アッディーンは川を渡り戦闘に加わった。アフィーフの軍は壊滅し膨大な数の兵士が殺戮された。ほぼ同数が捕まった。アフィーフは、彼ら双方の間に友人関係があったので見て見ぬふりをし逃亡した。
 カリフは舟を集め、ヌビア門を除きカリフの宮殿の入り口を塞いだ。彼は宮殿の侍従のイブン=アル=サーヒブに宮殿を守るためそこに残るよう命じた。彼と別れカリフの一族は誰も西の堤に残っていなかった。
 ダフールヒージャ月の20日[原注:1127年1月6日]、スルタンはバグダードへ到着しシャムマシーヤ門で野営した。兵士達のいくらかはバグダードへ入り民衆の家に泊まった、彼らはそのことについてスルタンに不満だった。後者(家に泊まった者達)は追放を命じたが家の元の持ち主たちは街に留まった。スルタンはカリフに戻ってきて和解を図るよう書くのを再開したがこれは拒否された。両軍の間で小競り合いがあり、西の丘から一般市民はスルタンを悪し様に扱った。ムハーラム月1日[原注:1227年1月17日] スルタン軍の分隊がカリフの宮殿に入りタージ(霊廟)とカリフの邸宅を略奪した。これにより、バグダードの住民は抗議に立ち上がった、どの方向からも互いに集まり軍事行動を叫んだ。カリフがそれを見た時、彼は傘をかけ宰相を付き従えテントを発ち、太鼓とトランペットを鳴らすよう命じ、彼の出せる限りの声で叫んだ。「前へ進むのだ、ハーシムの子らよ!」(ハーシムは預言者ムハンマドの曾祖父。アッバース一門のことを指すと思われる)。彼はボートを持ち出し浮き橋を組むよう命じた。人々はその一つを走った。カリフは宮殿の中の地下貯蔵庫に千人の兵士を隠していた。スルタンの兵士たちが略奪したものを占領している間に、彼らは抜けだした。彼らのうち何人かのアミールが取り囲まれた。民衆はスルタンの宰相の家、何人かのアミールの家、医者のアワード=アル=ザマーン師、監査官のアジーズ=アッディーンの家を略奪した。夥しい数の兵士が通りで殺された。
 次にカリフは西の丘を通り、バグダードや近隣の街から集まってきた三万人の戦士を引き連れた。彼は堀を掘るよう命じ、それは夜に行われた、そして彼らはバグダードをスルタンの軍から守った。彼らの状況が厳しくなり食料の警備は軍の手に落ちた。小競り合いは門とティグリス河に沿って毎日おこなわれた。カリフ勢力はスルタン軍に奇襲を掛けることを計画したが、イルビルの領主でクルド人アミールのアブール=ハイジャーが彼らを裏切った。彼は戦いに向かうようにみせかけて出発したが、彼と彼の軍はスルタンの軍に加わった。
 スルタンはワーシトのイマード=アッディーンに、軍と一緒に舟と馬で自分で来るよう命じた。彼はバスラ中の舟をかきあつめ、それに兵員を満載し、多くの兵器を詰め込んだ。彼は上流へ向かい、バグダード近くにきた時に、舟と陸上の全てに装備を身につけ、堅固さと熱意を見せつけるよう命じた。舟は帆を張り、ティグリスの土手の陸上の兵は広く遠く散開した。彼らは水面と大地を埋め尽くした。この驚くべき光景を見ていた人々は感嘆し仰天した。スルタンと彼の兵士たちは彼らに会うために馬で来て、彼らがこれまで見たことがないような光景を見た。イマード=アッディーンは彼らの目に卓越した人物と映るようになった。その瞬間スルタンはバグダードを強襲することを決め陸上と水上であらゆる奮闘を行った。イマーム・アル=ムスタルシド・ビッラーはこのような形の奮闘を見て、アミール・アブール=ハイジャーは彼の元を去り、和平を結ぶことに合意した。使者は行って、帰り言葉を伝えた。スルタンは生じた事態について謝罪した。彼は罵られることを予感していたが、これを許した。彼はバグダードの全ての人を許した。
 カリフの敵はスルタンにバグダードを燃やすよう助言したが、彼はそうしなかった。彼は「そんなことをする価値は世界のどこにもない」と言った。彼は521年ラビー2月の4日[原注:1127年4月19日]までバグダードに留まった。カリフは条件を一致させるため彼に現金を支払い、武器や馬などを贈った。スルタンはバグダードで病にかかり、彼の医師達はそこを去るよう勧めた。彼はハマダーンへ向け出発しそこへ到着する前に回復した。

要約
■バグダード知事のヤルンカシュとカリフのムスタルシドの間で不和
 ・ムスタルシドがヤルンカシュを脅す
 ・ヤルンカシュは命を案じスルタンのもとへ
 ・ヤルンカシュはムスタルシドが独立しようとしているとスルタンに言って攻撃を勧めた
■スルタンはイラクによって進軍
 ・カリフは、土地がデュバイスによって荒らされたから来るなとスルタンに言った
 ・スルタンはそれによってヤルンカシュの言が事実であると確信した
■カリフは館を捨てて西の堤へ行った
 ・それを見てみな泣いたが、それはこれまで見られないことだった
 ・スルタンはそれを聞いて動転した
■カリフはワーシトに宦官のアフィーフを送った
■スルタンはそれに対抗してバスラ司令のザンギーを送った
■ザンギーはアフィーフに投降を促したが無視された
 ・戦闘があり、アフィーフは逃亡、ザンギーは友誼でこれを見逃した
■スルタンの軍が不貞な行為を働いたのでバグダード住民が抗議に立った
 ・この機会にカリフが戦端を切った
 ・宮殿に潜んでいたカリフの手勢も呼応
 ・バグダード内のスルタン軍が壊滅
■カリフは堀を掘ってバグダードを守る
■カリフ軍は奇襲攻撃をかけようとしたがクルド人アミールのために露呈
■スルタンはザンギーを呼び寄せ、総攻撃をかけた
■カリフは折れて和平を結んだ
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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