ティムールの四子について

チンギス・カンの息子四人に比べると印象が薄いのを否めませんが、ティムールにも四人息子がいます
「大モンゴルの時代」に載ってる歴史家の評価と一緒に並べてみると

長男ジャハーンギール 背が低く貧相、不徳
次男ウマルシャイフ 完璧、長身、雄弁、公正、勇敢
三男ミーランシャー  容姿端麗、寛大、放蕩
四男シャールフ 色黒、ケチ
※長男次男は不確定で入れ替わった記述もあり

ジャハーンギールとシャールフが酷い言われようですがそれはともかく

ジャハーンギールとウマルシャイフは早々に死ぬので語ることがあんまり無くて、四男シャールフはティムールの跡目を継ぐのでそこそこ有名だと思うんですが、問題は三男ミーランシャー

ティムールのキプチャク遠征とイラン五年戦役に従軍までしたのにアゼルバイジャンに配置換えさせられ、善政を敷いて名声を得たと思ったら親父がその動きに眼を付け独立を警戒されて、ついには反乱、本人は許されるものの主立った側近は全員打ち首……
まあね、ジャハーンギールがティムールの後継者のうちは相手が長男だし我慢できたかもしらんけど、ジャハーンギールの息子、つまり甥っ子が自分を差し置いて後継者になったらそりゃあ反乱の一つや二つ起こしたくなりますよ(ちなみにウマルシャイフは五年戦役で既に戦死)
「大モンゴルの時代」には事故で精神に変調を来してたって書いてあったけど一体何があったんだろう……
ちなみに最期は後継者争いの中で、息子のハリール・スルタンの即位の後ろ盾となるも争いに巻き込まれて殺されてます

どうでもいいけどジャハーンギール19歳で病死したのに息子がいたのね
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鉄勒京二

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