627年 記事番1 ジャラール=アッディーンの敗北

イスラム歴627[西暦1229-1230]年 完史英訳3巻P299-300 
「カイクバードとアル=アシュラフによるジャラール=アッディーン敗北に関する記事」

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以下訳文
 この年のラマダン月28日の土曜日[原注:1230年8月10日]、アナトリア、コンヤ、アクサライ、シヴァス、マラタヤ等の支配者であるアラー=ウッディーン[原注b]・カイクバード・イブン=カイホスロー・イブン=キリジアルスラン及びダマスカス、ジャズィーラ、キラートの支配者であるアル=アシュラフによって、ホラズムシャーの息子のジャラール=アッディーンは敗北を喫した。
 これは以下の要因による。アナトリアの支配者アラーウッディーンの従兄弟であるエルズルムの支配者[原注c]は、ジャラール=アッディーンに忠誠を誓うことを申し出た。後者(ジャラール=アッディーン)とアナトリアの支配者の間に確固とした敵意が生まれた。エルズルムの支配者は自らキラートのジャラール=アッディーンの元へ赴き、そこ(キラート)の包囲に力を貸した。アラー=ウッディーンは双方を恐れたので、ハッラーンにいたアル=カーミルに、そこの支配者となるまえからそこに住んでいた彼の兄弟のアル=アシュラフをダマスカスから呼び出してくれるよう頼む手紙を送った。アラー=ウッディーンはジャラール=アッディーンを脅すため、その問題についての一連の使者を送った。アル=カーミルは彼の兄弟のアル=アシュラフをダマスカスから送った。アラー=ウッディーンの使者が相次いで到着し、彼に来て加わることを急かす間に、彼(アシュラフ)は彼(カイクバード)の元へ到った。まるで彼(カイクバード)が一人きりであるかのように、アル=カーミルとアル=アシュラフは、一日に五回もアラー=ウッディーンから使者を送られ、それは全てアル=アシュラフに来てくれるよう頼むものだった。
 アル=アシュラフはジャズィーラとシリアの軍を招集し、アラー=ウッディーンの軍に合流するために進軍した。彼らはシヴァスで合流し、キラートへ向かった。ジャラール=アッディーンは彼らの接近を聞いて彼らと会敵するため全速力で移動した。彼はエルズルム領のヤースィー・チメンと呼ばれる場所に至り、そこで彼らは激突した。
 アラー=ウッディーンは二万騎とも言われる程の大軍を連れ、アル=アシュラフは五千を率いており、彼らは素晴らしく、勇敢な兵士達で、重装備を施し、アラブ馬に乗っていた。彼ら全ては戦闘の中で信頼でき、彼らの司令官はイッズ=アッディーン・ウマル・イブン=ムジャーリーと呼ばれるハッカールのクルド人でアレッポ軍のアミールで、極度に勇敢で、良い性格を持ち、すばらしい特質を持っていた。
 彼らが対面した時、ジャラール=アッディーンは彼が見た軍勢の膨大な数、得にシリアの派遣隊を見た時その見事な現れ方と彼らの武装、馬を見た時、恐怖が旨を占め大いに驚いた。イッズ=アッディーン・イブン=ムジャーリーはアレッポ軍とともに戦闘を始めた。ジャラール=アッディーンは彼らに逆らって立たず、陣を保たず、しかし彼の軍は戦に突っ込んだ。彼らはばらばらに分断された。彼らはキラートへ戻り、そこに居た戦友達を引き連れ、アゼルバイジャンへ戻り、コイで野営した。キラートの領地は彼らによって征服されず彼らはキラートから引き離された。アル=アシュラフが、彼らが彼らの戦友を集めた[原注:そして去った]後に到着した。住民や居留者がいない荒れた状態でそこは残されていた。我々は既に彼らに何が起こったかを述べた。

b:この部分は完史(トロンベルク版)の読み。不適切にもこの版は「アブドゥッラー・イブン」と読んでいる。
c:セルジュークのルカン=アッディーン・ジャハーンシャー(622-7/1225-30統治)、ムギース=アッディーン・トゥグリルシャーの息子。

要約
■エルズルムがジャラールに接近
■危機感を抱いたルームのカイクバードがカーミルにアシュラフを送ってくれるよう要請
■アシュラフはシリアとジャズィーラの五千騎を率いてルーム軍に合流
■ヤースィー・チメンで開戦
 ・ルーム軍二万騎、アシュラフ軍五千騎
 ・アシュラフ麾下のアレッポ軍の指揮官にイッズ=アッディーン・ウマルというクルド人の男が居て活躍
 ・ジャラールは軍を分断され敗走
■ジャラールは敗残兵をまとめ、キラートに駐留していた兵士達も引き連れアゼルバイジャンへ帰還


ちなみにイブン=アル=アシールは書いていませんが、激突前にカイクバードが送った先遣隊三千がジャラールによって撃破され、カイクバードは大いにうろたえ、アシュラフが励まし、気を取り直して断食、祈祷、罪人の放免を行ったそうです。一日五回も使者を送ったことといい、情けないなあカイクバード……。
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