ムスタルシドの宰相ニザームについて

こんにちは、平将門と藤原純友が気になって吉川英治の「平の将門」を読了したばかりの管理人です
まあ、日本史はともかく……

アッバース朝カリフのアル=ムスタルシド・ビッラーの宰相にアフマドという御仁がいるそうなのですが、この人の素性についてちょっと今考えてるところです
ひょっとしたらセルジューク朝のアルプ・アルスランとマリクシャーに仕えたニザーム=アル=ムルク(以下宰相ニザーム)の息子かもしれない

今手元にある資料は完史の英訳とアルファフリーの和訳だけなんですが……

・完史の記述
名前:「ニザーム=アル=ムルク・アフマド・イブン=ニザーム=アル=ムルク」
初出は1123年のデュバイスとムスタルシドの戦の記事

・アルファフリーの記述
名前:「大臣ニザーム=アル=ムルク(セルジューク朝大臣)の息子アブー・ナスル・アフマド」
ムスタルシドがバグダードの羅城を作ろうとして課税をしようとしたとき、彼が身銭を切って費用をまかなった(管理人注:1123年にムスタルシドがバグダード東岸城壁の再建をしているのでそのこと?)
没年は1149

恐らく名前の一致を見ても完史のアフマドとアルファフリーのアフマドが別人だとは考えにくいのですが、問題はその親父「セルジューク朝大臣ニザーム=アル=ムルク」。これが宰相ニザームであるか否かがいま気にかかってること。
宰相ニザームは1018年生まれの1092年没。
仮にアフマドが長寿で80で死んだとして、その生年は1169年、宰相ニザームは51歳……ちょっと歳が離れてるかなあという気もするんですが。アフマドが90で死んだなら生まれた時に宰相ニザームは41歳、これなら充分許容できますが、アフマドがそこまで長生きしたかは疑問……。
完史にも宰相ニザームの息子である、という記述は無し。

ただ、偶然にしては出来すぎてるし、セルジューク朝の大臣に宰相ニザーム以外にニザーム=アル=ムルクという人がいたという記述も見かけないので……。
誰か資料求む。

フサイニーのセルジューク朝史の英訳が近々出るそうなので欲しいところではありますが……。

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