513年 記事番5 マンクーバルスの刑死

イスラム歴513[西暦1119-1120]年 完史英訳1巻P205-206
「マンクーバルスの刑死」

括弧内は管理人の注
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以下訳文
 この年、バグダード知事であったマンクーバルスが殺された。彼の状況は既に記した。この理由は、彼がスルタン・マフムードと共におり、敗北をこうむり、バグダードへ撤退した時、彼がホラーサン街道のいくつかの場所を略奪し、バグダードへ入ろうと望んだからである。デュバイス・イブン=サダカはこれを防ぐための部下を送った。二人のスルタン、サンジャルとマフムードの間で既に記したように和平が結ばれた後、彼は戻り、サンジャルのもとへ行こうとした。彼(マンクーバルス)は剣と、巻いた布を持ち、彼(サンジャル)の御前にまかり出た。サンジャルは彼に言った、「私は誰も非難しておらん」。そして彼をスルタン・マフムードのもとに連れて行き、言うことには「これは君のマムルークだ。望むようにしろ」。マフムードは彼を逮捕した。
 彼は、スルタン・ムハンマドが死去した時に、彼(マンクーバルス)が彼(ムハンマド)の側室、それは王弟マスウードの母であったが、を彼女が喪を明けぬまま、無理矢理結婚したことなどの様々な理由によってマンクーバルスに対する怨恨があったが、それを隠した。ほかの理由としては、彼の傲慢なふるまいや、彼が統治をするに当たってマフムードを排除したり、スルタンの不許可にもかかわらずバグダードの知事職になろうとしたこと、けれども、彼は彼を止めるのに何もできなかったことなどである。また、イラクでの暴虐なふるまいや、その他の問題もあった。それゆえ、彼は彼を平然として殺し、彼の悪事に悩まされてきた土地と人々を安心させたのだった。
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鉄勒京二

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