611年 記事番1 アラーウッディーンの征服活動

イスラム歴611[西暦1214-1215]年 完史英訳3巻P161-162
「ホラズムシャー・アラーウッディーン[・ムハンマド]によるケルマーン、マクラーン、スィンドの奪取」

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以下訳文
 私はこれがこの年に起こったことかははっきりとはわからない。少し前の年かもしれないし、少し後の年かもしれない。なぜならこの事件を私に話してくれた人はこの地域に旅をしていたモスルの兵士で、そこに何年か留まっていたからだ。彼はケルマーンの征服者であるアミール・アブー=バクルとともに行き、後になって家に帰ってきた。彼は当事者であるにも関わらず日付に少々の疑問をもちながら私に語ってくれた。彼が言ったのは以下のようなことである。

「ホラズムシャー・ムハンマドの父であったテキシュのアミールの一人が、タジアッディーンというラカブを持つアブー=バクルというアミールだった。彼の経歴の始めは、旅人のためにラクダを貸すラクダの御者だった。運よく彼はホラズムシャーに仕官することができ、彼のラクダの隊列の戦闘になった。ホラズムシャーは彼が忠実で信用できるのを見て、そこで彼を彼の軍のアミールたちを率いるまでに昇進させ、ズーザンの街の統治者にした。彼は聡明で、賢明であり、果断にして勇敢だった、ゆえに彼はホラズムシャーの軍の中で栄達したのだ。彼は彼の他のどのアミールよりも彼を信用していた。
 アブー=バクルがホラズムシャーに言うには『ケルマーンは我が領域のとなりにあります。もしスルタンが一軍を私に任せていただけましたら、私はそこを出来る限り早く征服してみせましょう』。そこで彼は彼を大軍とともにケルマーンに送った。そこの統治者はハルブ・イブン=ムハンマド・イブン=アブール=ファドルで、このナサブはスルタン・サンジャルの統治期間にシジスタンを統治した人のものだった。彼はアブー=バクルと戦闘にもつれこんだが、彼は弱かったので、彼に対抗するほどの強さはなく、アブー=バクルは早々にケルマーンを征服した。彼はそこからマクラーンの領域に軍を進め、カブールの国境地帯からスィンドに至る全ての地域を征服し、マクラーンの沿岸にあるホルムズの街に軍を進め、マランクというそこの統治者の臣従を取り付け、彼はホラズムシャーの名でフトバを設けた。彼は財宝をそこから持ち出した。カルハートとオマーンの一部でも、そこの統治者はホルムズに従っていたため、彼の名前でフトバが行われた。」

 彼ら支配者達は、遠く困難な地にあり、しかも彼らの間に生みがあるにもかかわらず、それまでホルムズの支配者に従ってきた。それは、彼らが彼らのもとに来航する船の安全を保障してもらうためであった。なぜならば、ホルムズは大規模な寄港地であり、インドの端、イエメン、中国などの他国からも商人達が集まってきたからである。ホルムズの領主とキーシュの領主の間で戦争があったため、お互いはお互いの船長たちに敵対する領域に入ることを禁じた。戦は同じように今まで続いている。
 ホラズムシャーは、クチュルク・ハーンを追ってきたタタールが彼らの領域に入らないようにするため、夏をサマルカンドの領域で過ごした。クチュルクはとても早く逃げれたので、彼がある領域を攻撃したとき、彼はいつも彼が来るという知らせを凌駕していた。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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