マムルーク/佐藤次高



 たまには概説史や入門書ではなく研究書の紹介でもしてみようかと思う。
 副題は「異教の世界から来たイスラムの支配者たち」。日本の中東史研究の草分けの一人、佐藤次高先生の著作だ。
 そもそもマムルークとは何ぞや?という疑問があるのだが、一般に日本語では「奴隷」あるいは「白人奴隷」(ここで言う白人とは、黒人に対しての白人なので、モンゴル人などの黄色人種も含む)と訳されることが多い。奴隷売買というと眉をひそめる人が多いかもしれないが、イスラム圏の奴隷は欧米人あるいは日本人の想定する奴隷とは少々わけがちがう。以下、少し長くなるが本文まえがきから引用。

「彼らのなかには軍人として社会的な成功を収める者もあれば、商人の代理として遠隔地での取引に活躍する者も少なくなかった。また、歌舞音曲にすぐれた才能を発揮するばかりでなく、法学や神学などのイスラム諸学を身につけた女奴隷も珍しくはなかった」

 また、中世イスラム社会の奴隷は、イスラム世界への案内者である奴隷商人に対する恩義を感じていることがままあるとも述べている。例えば、ブルジー=マムルーク朝を開いたスルタン、バルクークは自分をカイロにもたらした商人ウスマーンを敬愛しており、後にその名前を借りて、自分の名の一部にウスマーニーという由来名をつけ、またスルタンへの即位前にウスマーンが死去すると多くの涙を流したと伝えられていることを紹介している。
 このような事例を述べ、イスラム社会の奴隷について考える時は、例えばアメリカにおける黒人奴隷を思い浮かべるような既存の奴隷観を一度取り払う必要があると主張している。

 内容はマムルーク(白人奴隷兵)制度についての考察が主だが、イスラム世界における奴隷制の始まりから現代までの記述もある。
 個人的には、バイバルスの獅子の紋章やマムルーク騎士の紋章が掲載されていたこと、黒人奴隷(ザンジュ)に絡んでサラディンの母方の叔父のシハーブ・アッディーンや、兄のトゥーランシャーの記述があったことが掘り出し物だった。他にも、一般の資料では見ないような個人名が上げられているのも特徴だ。

 高校世界史で、イスラム圏の歴史がそこそこ得意だった人なら読めるだろう。制度史、文化史本かと思っていたが、個々の事例が豊富でイメージしやすく、大変ためになった。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
当ブログの内容を雑誌・書籍等にご利用されたい場合はご一報下さい。
管理人への連絡は掲示板か拍手でどうぞ。

検索フォーム
カテゴリ
リンク
アクセスカウンター
月別アーカイブ