529年 記事番7 デュバイスの死

イスラム歴529[西暦1134-1135]年 完史英訳1巻P320
「この時のデュバイスの死についての記事」

括弧内は管理人の注
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以下訳文
 スルタン・マスウードは今年、デュバイス・イブン=サダカをクーナジの外の彼の天幕で殺した。彼はアルメニア人のマムルークに彼を殺すよう命じた。彼は丁度彼の後ろに立ち、彼は彼の指で大地をつかむようにしており、そして彼がそれを知ることの出来ぬ間にその首を落とした。彼の息子のサダカはアル=ヒッラにおり、彼の父の兵とマムルークは彼のところへ集まった。彼の従者たちは大きくなり、アミール・クトゥルグタキーンは彼の保護を求めた。スルタン・マスウードはベグ・アバにヒッラを奪取するよう命じ、一部の部隊をアル=マダーインへ向かわせ、彼らはそこでベグ・アバが合流するのを待つためしばらく留まった。しかし彼は、アル=ヒッラがサダカと共に大軍を抱えているため、アル=ヒッラを攻撃するのに臆病で無力になり、合流しなかった。後者はスルタン・マスウードが531年[1136-7]年にバグダードに来るまでヒッラに留まった。彼は彼を追い出すことを求め、関係を修復し彼の誠実な奉仕者となった。
 このようなことはしばしばおこり、すなわち、二人のアミールが同時に死に、デュバイスはアル=ムスタルシドの敵であり、彼がカリフであることを嫌っていた。彼は自分がスルタンによってのみ守られているのだということを理解していなかった。何故なら、彼らは彼をアル=ムスタルシドに対抗するための道具として使っていたからである。その理由がなくなった以上、結果は死となるが、神のみがこのことについて最良のことを知っていよう。
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鉄勒京二

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