616年 記事番1 カイクバードの即位

イスラム歴616[西暦1219-1220]年 完史英訳3巻P199-200
「カイカーウスの死去と、彼の兄弟カイクバードの即位に関する記事」

括弧内は管理人の注
管理人は翻訳・要約に責任を持たない

以下訳文
 この年、勝利者たる王族にして、コンヤ、アクサライ、マラタヤと後者二つの間のアナトリアの領地のあるじであるイッズ=アッディーン・カイカーウス・イブン=カイホスロー・イブン=キリジアルスラーンが死去した。彼は軍を集め動員しアル=アシュラフの領地を攻撃すべくマラタヤへ向かったが、これはアミードの領主ナースィル=アッディーンと、イルビルの領主ムザッファル=アッディーンとの同意によるものだった。彼らはフトバを彼のために設け、彼らの領地の貨幣に彼の名を刻みアル=アシュラフとモスルのバドル=アッディーンに対抗する同盟を結んだ。
 カイカーウスは同盟者バドル=アッディーンを援助するためモスルへ向かい、そこにいたアル=アシュラフを防ぐためマラタヤへ進軍し、ムザッファル=アッディーンがモスルで(攻撃を)成功していることを願っていた。彼(カイカーウス)は既に肺病を患っており、彼の病が重くなったので軍を退いた。彼の死により、彼の兄弟のカイクバードが即位することとなった。後者(カイクバード)はとらわれており、彼(カイカーウス)が彼から領地を奪ったときに彼の兄弟のカイカーウスに捕らえられていた。彼(カイカーウス)の部下のうち、何人かは彼を殺すよう助言したが、彼は従わなかった。彼が死ぬ時、彼は若い子しか残していなかったので統治に適任な息子がいなかったため、軍はカイクバードを解放し、彼を統治者とした。「不当な仕打ちをされた場合には、アッラーが必ずその人の味方をして下さろう」[コーラン22章59節]
 しかし、実際に言われていることは、カイカーウスの病が重くなったとき、彼(カイカーウス)は彼に書き送り、虜囚状態から呼び出し、彼を後継者に指名し、人々に、彼への忠誠を誓わせたという。彼が統治者となったとき、彼の叔父であるエルズルムのあるじ[原注:ムギース=アッディーン・トゥグリルシャー]は彼に対し、対抗することを宣言した。彼(カイクバード)はまた、彼の領地の隣人であるビザンツを恐れたので、彼はアル=アシュラフに使者を送り和平を結んだ。彼らは誠実な仲間となり協力することを請け合い、結婚による同盟を結んだ(後にアシュラフの姉妹とカイクバードが結婚する)。関係の改善によって、アル=アシュラフはその方角(ルーム)からの悩みから解放され彼の心は安らいだ。言われていることはどれほど正しいだろうか、「唯一の幸運とは、あなたを嫌っている人々を遠ざけることである」。この諺はまるで「あなたの幸運は的がなくとも貫くだろう」と言っているようである。これは、彼が彼の領民と臣下に善行を行い、悪行を差し控えるよい行いによる結果であり、彼が彼らに引き起こす害悪を差し控え、彼(カイクバード)自身の強さと彼らの統治者(隣接した土地の統治者)の弱さにも関わらず、彼の(土地に)隣接した土地を支配するか害することを意図しないものである。たいした努力もなしに領地が彼の手に入ったのは、不思議なことではない。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
当ブログの内容を雑誌・書籍等にご利用されたい場合はご一報下さい。
管理人への連絡は掲示板か拍手でどうぞ。

検索フォーム
カテゴリ
リンク
アクセスカウンター
月別アーカイブ