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515年 記事番2 ズィール朝のアミール・アリーの死

イスラム歴515[西暦1121-1122]年 完史英訳1巻P229
「アミール・アリーの死と彼の息子アル=ハサンによる継承」

括弧内は管理人の注
管理人は翻訳・要約に責任を持たない

以下訳文
 イフリーキヤのあるじ、アミール・アリー・イブン=ヤフヤー・イブン=タミームが、この年のラビー2月の下旬[原注:1121年9月5-14日]に死去した。彼はマフディーヤで生まれ、彼の戦争と大志に関しては既に充分記述した。彼の死後、彼の息子のアル=ハサンが彼の父の遺言によって彼の後を継いだ。アル=ハサンが12歳の若さであり、政務を取れなかったため、政治の仕事は宦官のサンダルに委ねられていた。サンダルは防衛と保安の仕事を受け持ったが、彼が死ぬまでそう長くはかからなかった。アル=ハサンの大衆と司令官の間で不和が起こり、お互いに「私が全ての長であり、締め付けるも緩めるも私の手の中にある」と言い合った。そうして彼らはアル=ハサンが彼の父の部下であったアブー=アズィーズと呼ばれている将軍に国の問題を委任するまで言い合っていたが、(この将軍のおかげで)事態は好転した。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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