バイバルス伝 8.勝利王死す

以下詳細
 
■バイバルスの内政
 ここでもう一度、バイバルスの内政と外交について見てみよう。
 即位してすぐ行ったのは、クトゥズが賦課した諸税の廃止と、バフリーヤに対する住民の迫害の禁止であった。
 さらに彼は、軍事に関わる事柄を優先して行った。すなわち、港湾の修築改良、駅逓と伝書鳩による通信の敏速化、軍道=通商路の整備、アレッポ城塞、アレクサンドリア要塞の修復などである。特に伝書鳩網の整備は、飛行路に駅逓の三倍に達する鳩の塔舎を造り、専門の役人を置いたという。
 同時に通商にも気を配り、運河の整備なども行なっている。
 また彼は多くの建築事業を手がけた。例えば、カイロのザーヒリーヤ学院の建設、アーフィーヤ・モスクの建設、アズハル・モスクの修復、ダマスカスではウマイヤ・モスクの修築、ザイン・アルアービディーン廟の改築などである。
 内政でもっとも特筆すべきものの一つとして、バイバルスがスンナ派の四大法学派を公認したことが挙げられよう。シャフィイー派、ハンバル派、マーリク派、ハナフィー派の四学派がここにおいて正式に認められたことになる。これにより、ウラマー(法学者)の社会的地位が高まり、学問研究が最高潮に達することとなる。

■対外・貿易関係
 対外関係においては、ビザンツ帝国やジョチウルスなど、キリスト教徒の国家、モンゴル人の国家という敵対性のある相手に対しても同盟を呼びかけ結実させている。
 加えて、彼はメッカ・メディナ二聖都の保護者を強く自認し、毎年、メッカのカアバ神殿にかける絹織物(キスワ)を寄贈する巡礼のキャラバンを、カイロからはじめて送り出した。これはカイロへカリフを擁立したことと合わせて、バイバルスのイスラーム的正統性を広く内外に示すこととなった。
 バイバルスとその後のカラーウーンは貿易に力を入れ、シチリア王シャルル・ド=アンジューやカスティリア王アルフォンソ10世、アラゴン王ジャウメ1世などと通商協定を結び、さらにヴェネツィア、ジェノヴァその他のイタリア共和国とも通商協定(カピチュレーション)を結んだ。これは後にオスマン帝国にも引き継がれることとなる。
 通商協定を結んだ国家の中でも、アイユーブ朝時代からエジプトとの貿易パートナーとして強固な地位を築いていたヴェネツィアは、通商貿易に熱意を示していた。アレクサンドリアには長期にわたってヴェネツィアの二つの商館(フォンダコ)が置いてあったのである。
 さらにバイバルスは、人材を求めてカラコルムまで奴隷商人を送り込んでいたともいう。

■勝利王死す
 ルーム遠征からシリアへ戻った後、バイバルスはダマスカスで恒例の凱旋宴会を催した。しかしこの時、急に腹痛に倒れ、二週間生死の境をさまよった後、享年およそ50で没した。
 死因については馬乳酒の飲み過ぎとも、あるいは暗殺とも伝えられる。一説には、バイバルスの晩年にあまり厚遇されていなかったカラーウーンによる毒殺とも言われるが、筆者はそうは思わない。もっとも、これは印象論であって真実は史料のはざまである。
 バイバルスの活躍は物語師(カーッス)によって長く語り継がれ、千夜一夜物語に登場し、また『バイバルス物語』では不正を正し公正をもたらす君主として描かれている。
 バイバルスはダマスカスのサラディン廟の隣に葬られた。この二人のエジプトとシリアの英雄は、隣り合って眠っている。もっとも、サラディンは死後、王国統治のために安定した政権を遺すことができなかったが、バイバルスはこの後200年に渡って続く長期政権の基礎を築いたのであった。

■その後
 この後、バイバルスの息子バラカとサラーミシュが相次いでスルタンとして立つが、バフリーヤの筆頭将軍カラーウーン・アル=アルフィーに廃され、最終的にカラーウーンがスルタン位につくこととなる。カラーウーンもまたバイバルスに劣らぬ名君であり、善政を敷いたと伝えられている。もっとも、これは英雄バイバルスの息子を廃したカラーウーンが人気取りのために行ったのだと考えることもできる。
 一方、もう一人のバイバルスの腹心サンカル・アル=アシュカルはこのカラーウーンの即位に反対し、ダマスカスで自立した。バイバルスの二人の腹心は袂を分かつこととなったのである。
 この後、シリアの分裂を収拾したカラーウーンは残存の十字軍国家に打って出て、その息子、アル=アシュラフ・ハリールの時代に完全に十字軍はシリア沿岸部から駆逐されることとなる。マムルーク朝は、カラーウーン家のもとでしばらくの繁栄を享受するのであった。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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