ビザンツ 文明の継承と変容/井上浩一


 ビザンツ「文明」の形成史。当代日本人のビザンツ史家といえば必ず名前の上がる井上教授の著作である。
 
 同じ著者の『生き残った帝国ビザンティン』くらいしかビザンツ史の本を読んだことのない管理人でもそれなりに理解できたので、通史ものを一冊読んでいれば予備知識としては充分だろう。主に国家・社会の面を通じて、先行するギリシア・ローマ文明に対するビザンツ文明の独自性を主張する。

 第一部ではギリシア・ローマ文明からビザンツ文明へと変容していく過程を、主に都市のあり方から考察していく。ローマ帝国に存在していた公共浴場や競馬場は、また「パンとサーカス」、そして都市の自治はどうなったのか。これらは、ビザンツの伝統主義によって、過去のローマの栄光を引き継ぐ存在として、化石として残っていたという。例えば浴場は皇帝の私物となり、市民の社交の場とはならず、競馬も一定の行事の日にしか開催されなくなった。これは既に『生き残った帝国』で紹介された議論であるが、これらを化石化することによって、皇帝の専制支配を確立させたという点が強調されている。

 第二部では、ビザンツ文明を特徴付ける諸相が扱われる。具体的には皇帝・宦官・戦争である。
 専制支配を行う皇帝、それを支える宦官、そして彼らの戦争観が語られる。とりわけ特徴的なのは、戦争観である。ビザンツ帝国では、流血をできるだけ避け、西欧などから見れば「卑怯」とも言われかねないような手段を尽くしても、名目上、相手の上位に立つことを国是としてきた。これは世界帝国としての矜持を国家理念に転換したビザンツが、限られた国力の中でその維持に心を砕いた結果なのだろう。

 終章において、陰険なまでの権謀術数を尽くして流血を避けたビザンツ文明の研究成果を、現代に援用するための論が張られる。ビザンツ帝国という既に消え去った文明世界の歴史を、そのまま適用できるかのような言い方にはいささか性急な面も感じられる。しかし、(これは杉山教授の言葉だが)もとより「歴史は今のため、そして未来のためにある」のであり、過去を振り返り将来の指針とすべきためにも、この歴史学者からの提言は尊重すべきだと考える。
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鉄勒京二

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