サラディン伝 トゥーランシャーのイエメン遠征

サラディン伝英訳P48-49
「イエメン征服に関する記事」

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以下訳文
 569[原注:1173-4]年、スルタンは彼の軍勢の力は、彼の多くの兄弟たちと、彼らの勇敢さにあるのだと考えた。彼はイエメンである男が権力を握り、地方の城塞を奪い、アブド・アル=ナビー・イブン=マフディー[原注:ザビードの短命王朝の最後の君主。1176年に処刑]と名乗り、公然と金曜フトバで名前を唱えさせたのを知った。彼は彼の統治はこの大地全体に広がるべきであり、彼の理想は成功すると主張していた。スルタンは彼の長兄、シャムス=アッダウラ・アル=マリク・アル=ムアッザム・トゥーランシャーをイエメンへ派遣することを決めた。彼は気高く紳士的で、すばらしい性格の持ち主であった。私はサラディンが彼の高潔さと性格の良い点を褒め、彼自身より(兄を)高く評価しているのを聞いたことがある。
 トゥーランシャーはイエメンへ569年ラジャブ月[原注:1174年2-3月]に出発した。彼の到着後、神は彼(トゥーランシャー)を彼(サラディン)の代理として征服を成功せしめた。叛乱の異端者は征伐され、トゥーランシャーはその土地の大部分の権力を掌握し、それを分割して多くの人々を富ませた。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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