イスラーム農書の世界/清水宏祐


 世界史リブレット85冊目。先日の、佐藤『砂糖のイスラーム生活史』に引き続き、生活史の範疇に入るであろう「イスラーム農書」についての概説である。
 
 「イスラーム農書」というのは便宜的な呼称であって、本来イスラーム農業というものはないと著者は明言している。イスラーム世界で記され、使用された農業に関する書を、そう呼んでいるとのことだ。
 技術史と科学史は共通する部分もあるが、技術は先端科学に比べてその発達の度合いに関して時代を特定することが難しい。本書も、射程の広い時代を扱っている。

 まず、イスラーム世界で書かれた農書を多数紹介し、その概要をつかめるようになっている。また、先行するギリシア・ローマの農業指南書などとの関連が書かれる。
 次いで特定の農書、『農業便覧』を取り上げ、その構成や内容についてを見る。イスラーム世界の農書には、現代の農学部の講座編成と同じ構成が認められるという。ギリシア・ローマの文明を継承し、再翻訳によってヨーロッパに伝えたイスラーム文明は、その先に日本へまでつながる流れを持っていたことが分かって興味深い。また『農業便覧』に関しては、イスラーム世界における農本主義思想が書かれた前文の要約があるが、いわゆる「商業宗教イスラーム」のイメージとは異なる理論がちゃんと成り立つことにイスラームの普遍的宗教としての側面が垣間見れて面白い。
 さらに、農書の内容から読み取れる農業技術をまとめる。実際の農作業がイメージでき、民衆の動きが感じられる。
 最後は写本について。実用書である以上、その影響力はやはり広く流布してこそである。イスタンブル図書館の猫など著者の思い出話を交えながらこれを解説してある。

 リブレットの少ない頁にいささか詰め込み過ぎた嫌いはあるが、政治史とは異なる、農業や農民の生活に興味がある人にはおすすめの一冊である。
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鉄勒京二

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