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イブラヒム、日本への旅/小松久男


 ロシア生まれのムスリム知識人アブドュルレシト・イブラヒム(1857-1944)について、彼の旅をなぞりながら評伝として書く。
 
 タイトルだけ見るとそもそもイブラヒムって誰だ?ということになりかねないのだが、ロシア生まれのテュルク系イスラーム教徒で、日本にも深い関係を持つ汎イスラーム主義者だったそうである。
 のっけから驚きなのだが、当時のロシア帝国領のムスリム人口は2000万で、これは同時代のオスマン帝国領のムスリム人口より多いとのこと。両帝国の多民族国家としての性格が見える話である。そんなロシア領内のタタール人として生まれたイブラヒムは、各地に遊学したり巡礼の旅に出たり、イスラーム思想における英雄アフガーニーと出会ったりしてジャーナリストとして名をなす。

 当時のイスラーム世界は列強に翻弄され危機のど真ん中にあり、様々な主義主張によって改革が試されてきたわけだが、その中でも彼は汎イスラーム主義に共鳴し、世界中のムスリムの連帯を説くようになる。そして何故か日本にも来るのだが、これは日本の大アジア主義を利用できると考えていたかららしい(逆に日本は汎イスラーム主義を利用できると考えており、その目指す所の齟齬が後で顕在化するわけだが)。
 彼が最初に日本に訪れた時、滞在したのはわずか4ヶ月だったのだが、日本語を覚えたり暗殺される直前の伊藤博文に会ったり(ちなみに当人にその気は無かっただろうが伊藤はうっかりイスラームに改宗しかかっている)、亜細亜議会(大アジア主義の結社)の結成に関わったりと動き回っている。
 その後も積極的に世界各地を歩き、日本へ再び滞在して太平洋戦争の最中に死去、となかなか波乱に満ちた人生を送っている。

 イブラヒム個人の人生が面白いのはもちろんだが、この本一冊でロシアの対ムスリム政策(弾圧と融和に波があり、エカチェリーナ2世などはヴォルテールの影響でイスラームを進んだ宗教と認めていたetc...)、日本の対ムスリム政策(東トルキスタンにオスマン皇帝の裔を立てて傀儡化する計画があったらしいetc...)、汎イスラーム主義がトルコ民族主義などに取って代わられる様子など、この時代のイスラームに関わる事柄をかなり立体的に把握することが出来る。
 良い悪いではなく、イスラームと世界、日本にこういう時代のあったという知識を得たことは大きな収穫であった。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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