新月の夜も十字架は輝く/菅瀬晶子


 副題は「中東のキリスト教徒」。リブレット「イスラームを知る」シリーズの一冊。
 
 当たり前だが、中東にもキリスト教徒はいる。そもそも、キリスト教が生まれたのがパレスチナであった。だが、現代の彼らについて、我々はよく知っているとは言いがたい。本書は、そのあまり知られていない中東、特に大シリアにおけるキリスト教徒たちの活動と、実生活に視点を定めた書籍である。
 本書に描かれるムスリムとキリスト教徒の関係を見ていくと、そこには他者として互いを認識しつつも(特にマイノリティであるキリスト教徒にその傾向が強い。マジョリティであるムスリムはそもそもあまりキリスト教徒を気にしていないという)、日常的に共存している彼らの様子が浮かび上がってくる。
 1章で中東キリスト教徒の諸派とその祝祭を紹介した後、2章では彼らがどのように暮らしているのか、ムスリムとの対比や彼らのアイデンティティを探ることを通じて把握を試みる。3章ではキリスト教徒がこの地域の近代化において果たしてきた役割とこの後の展望について述べられる。

 面白かったことは、キリスト教ミッション系の私立校にアラブ人の子供が通っていることだ。
 イスラエルにおいて、人口の2割をアラビア語話者が占めるために、アラビア語はヘブライ語に次ぐ公用語とされている。しかし、公教育はヘブライ語で行われており、また歴史教育もシオニズム理念にもとづいた内容に限られている。だが、イスラエルのミッション系私立校は、国内のキリスト教徒人口のほとんどを占めるのがアラブ人であるためその教育内容がアラブ人向けとなっているそうだ。このアラブ人キリスト教徒向け教育を行なっているイスラエルのミッション系私立校では、アラブ人ムスリムの子どもも多数学んでいる。彼らは一緒にキリスト教の授業を受けているが、イエスがイスラームでも預言者である以上、先行の一神教であるキリスト教について学ぶのはムスリムにとっても必要と考えているらしい。
 また、中東キリスト教徒の間で人気のマール・ジュリエス(ドラゴン退治で有名な聖ジョージ)や、マール・エリヤスを、この地域のムスリムはアル・ハディルという聖人と同一視しているという。マール・エリヤス祭の日には、キリスト教徒とムスリムが共にこの日を祝うそうである。

 加えて、3章では巨視的な視点に立った時、中東のキリスト教徒がアラブ民族主義において果たした役割が詳述されている。このあたり、以前読んだ加藤博『イスラーム世界の危機と改革』では分量不足だったので、大いに参考になった。

 このリブレットのシリーズ名は「イスラームを知る」であるが、音頭を取っているのはイスラーム地域研究という共同研究である。「地域研究」であるがためにこのテーマも扱えたのだろうと思われるが、今後ともこのような広い視野で見落とされがちな事象に光を当てる研究が続けられることを望みたい。
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鉄勒京二

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