ラスール朝史覚書(未完)

ラスール朝(1229-1454)
イエメンに成立したトルコ系王朝。通商で利を得る。アデンが主要港。
1.ウマル(位1229-50)
スルタン=マンスール・ヌールッディーン・ウマル
アイユーブ朝から独立。

2.ムザッファル1世(位1250-95)
スルタン=ムザッファル・シャムスッディーン・ユースフ
ザビードへ入城、アデンへ。さらにラフジュ、アブヤン、タイッズを平定。
サヌアへ軍を分遣し、ザイド派イマーム政権と争奪戦を繰り返す。
676年、ハドラマウト・ズファール遠征。陸海三軍に別れ出発、ハーブディー朝のサーリム・ブン=イドリースを殺害、ズファールを併合。
アシュラフへ政権を譲渡し、そのしばらく後に没。

3.アシュラフ1世(位1295-96)
スルタン=アシュラフ・ムマッヒドゥッディーン・ウマル
夭逝したため特筆すべき点無し。

4.ムアイヤド1世(位1296-1322)
スルタン=ムアイヤド・ヒザブルッディーン・ダーウード
アデン、ラフジュ、アブヤンを平定、高地イエメンの全ての要塞を奪う。サヌアに入城後、ザイド派勢力を帰順させる。
アデン港の貿易業務をカーリミー商人のムフィーウッディーン・ヤフヤー・ブン=アブドゥッラティーフ・アル=タクリーティーに一任。
この頃からラスール朝国家は経済基盤を交易に大いに依存するようになる。

5.ムジャーヒド(位1322-63)
スルタン=ムジャーヒド・サイフッディーン・アリー
即位後すぐにアシュラフの子ナースィル・ムハンマドをアデンに幽閉。
反抗的なマムルークや、王室内の抗争に乗じてザイド派政権が南下してきたため、イエメン各地で戦乱が勃発。
1325年初頭、マムルーク朝スルタン、ナースィルに、いとこにに対抗して政権を維持するための援軍を要請。同年5月、ルカネディーン・バイバルスに率いられたマムルーク軍がメッカに到着、ハルイを経由してイエメンへ向かう。
マムルーク軍によるイエメン占領を恐れた敵対者がムジャーヒドに降伏したため、ムジャーヒドはそれらの勢力を結集し、マムルーク軍の到着前に国内を平定、マムルーク軍への兵站の引渡しを拒む。
マムルーク軍はムジャーヒドの反対勢力ザーヒルと同盟を結んだ。
この事件をきっかけにムジャーヒドはマムルーク朝への年貢支払いと進物の提供を拒否し、メッカの荘主権を主張、また外国の船舶や商人達のアデン入港を強制した。
対して、マムルーク朝のナースィルは戦艦を派遣しイエメンの武力征服を企てた。イエメンに到着したマムルーク軍は反乱軍のザーヒルらと連絡を取り、ティファーマ地方の諸都市で略奪を展開した。
ムジャーヒドは反対勢力のナースィル、マンスール・アイユーブが相次いで没すると、諸都市を征服して国内統一を進めた。


6.アフダル(位1363-77)
7.アシュラフ2世(位1377-1400)
8.ナーシル1世(位1400-24)
9.マンスール2世(位1424-27)
10.アシュラフ3世(位1427-28)
11.ザーヒル(位1428-39)
12.アシュラフ4世(位1439-42)
13.ムザッファル2世(位1442-54)
14.ムファッダル(位1442-?)
15.ナーシル2世(位1442-?)
16.マスウード(位1443-54)
17.ムアイヤド2世(位1451-54)
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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