546年 記事番1 ジョスラン捕縛

イスラム歴546[西暦1151-1152]年 完史英訳2巻P39-40
「ジョスランによるヌール=アッディーンの敗北と、その後のジョスランの捕縛」

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以下訳文
 

 この年、ヌール=アッディーン・マフムードは彼の軍勢を招集し、アレッポの北方、テル・バーシル、アインターブ、アザーズその他を含むフランクのジョスランの領地へ侵攻した。彼はそれらを包囲して奪取する計画であった。ジョスラン――神よ彼を呪い給え――はフランクの指導的騎士で、恐るべき男であった。彼は勇敢さと分別の両方を持ち合わせていた。彼はこれを聞き、フランクの大軍を集めてヌール=アッディーンに向けて進軍した。彼らは会敵し、戦闘に入った。ムスリムたちは敗れ、そのうちの多くが殺されるか捕虜となった。このあいだに、ヌール=アッディーンの鎧持ちがジョスランに捕らえられ、彼はその鎧持ちと一緒にヌール=アッディーンの鎧も鹵獲した。彼はそれをコンヤとアクサライの王であるマスウード・イブン=キリジ・アルスランに送りつけ、言付けることには、「ここに貴様の義理の息子の鎧がある。次に貴様はさらに深刻なものを受け取ることになるだろう!」
 ヌール=アッディーンは事態を把握し、これに激怒してジョスランに対する復讐のため、全てを消し去ることを計画した。彼はトルクメンのアミールたちを招集し、彼らがジョスランを捕らえるよう言いつけ、そうしたならば生死を問わず、彼に引き渡すように言った。というのも、彼が単独で行動すれば、ジョスランは自身を兵と城によって保護してしまうだろうからであった。トルクメンたちは彼に対して間諜を放ち、彼が狩猟に出かけたところで彼を捕らえ、彼の身柄を確保した。彼は身柄と身代金の取引を彼らに持ちかけた。彼らは身代金が支払われ次第彼を解放することに同意し、それを受け取るための何某かを派遣した。しかし、そのうちの一人が、ヌール=アッディーンのアレッポにおけるワーリーであったアブー=バクル・イブン=アル=ダーヤ[原注:バヌール=ダーヤ(乳母の息子たち)。ヌール=アッディーンの乳兄弟のためこう呼ばれ、彼の統治において重要な役割を果たした。以下の三人の兄弟がいた:シャムス=アッディーン・ウスマーン、バドル=アッディーン・ハサン、マジド=アッディーン・アブー=バクル]のもとへ赴き、状況を説明した。彼はジョスランがまだ彼らとともにいる間に彼を兵士たちとともに送り返し、トルクメンたちを驚かせた。彼は彼を確保してアブー=バクルのところまで連れ帰った。彼の捕縛は大変な成功であった。なぜならば、彼は頑強なる悪魔であり、ムスリムに対して獰猛であり、また冷酷であったからである、彼の捕縛は全キリスト教世界に知れ渡った。
 彼を捕らえた後、ヌール=アッディーンは彼の城にむかって進軍し、それらをほんの短期間で奪取した。つまり、テル・バーシル、アインターブ、アザーズ、テル・ハーリド、クールス、ラーワンダーン、ブルジュ・アル=ラッサース、アル=バーラの要塞、カファル・スード、カファルラーサー、ドゥルーク、マルアシュ、ナフル・アル=ジャウズ、そしてその他である。その詳しい模様は後に記述する[原注:この記述は誤りで、後のどこにもこの詳細は出てこない]。
 ヌール=アッディーンがそれらの城の一つを征服するたびに、彼はフランク側の反撃を警戒し、必ず敵に対処するために必要となるであろうと思われたので、そこへ必要とされる全ての備品を運び込んだ。詩人たちは彼を再び讃えた。そのうちの一人は、アル=カイサラーニーで、頌歌でジョスランについて歌っている。

 さだめは伯を捕虜となし、
 最たる幸運の敵対者、貴殿のため彼を捕らえたり。
 伯こそは過ぐるほど傲慢にして貪欲よ。
 不敬不信が彼の暴力を打ち砕く。
 アザズこそその名のように栄光となりぬべきかな。
 二羽の鷲、一つの巣ならば狭すぎる。
 進みゆき、光喜び世界を満たし、
 光を求む暗き地平に向かうのだ。
 我は彼の決意を感じ
 アクサーを目的地へ。神が命じた問題と
 イェルサレムは浄化されることだろう。
 血を流さずに、その浄化などあり得ない。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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