イングランド王国と戦った男/桜井俊彰


 ウェールズ人としてウェールズの教会をイングランドの支配下から独立させるべく戦ったある混血の男の評伝。
 と、言うといかにも英雄然とした男のように思えるかもしれないが、実は割と地味である。ネガティブな意味での「地味」ではないので、やっていることが地道と言い換えてもいいかもしれないが、ともかく英雄譚ではない。
 吉川弘文館の歴史文化ライブラリーはおおむね日本史本が多いのだが、時折こうやって世界史関連の本を出すのでよくわからない。以前レビューした同じ著者の『イングランド王国前史』も歴史文化ライブラリーの本である。

 それはさておき、本書の主人公ジェラルド・オブ・ウェールズは、ノルマン人とウェールズ人の混血の聖職者である。とは言っても、最初、彼はノルマン人としての自意識を全面に押し出して、ウェールズ人やフランドル人を見下してばかりいる。
 彼の自意識が変わるのは、イングランド王国内での出世の頭打ちによるものだ。ウェールズ人としての自覚に目覚めた彼は、ウェールズのセント・デイヴィッズの司教区は、本来大司教区である(=イングランドのカンタベリー大司教の支配下にはない)との主張を全面に押し出して、教会を通じたイングランドの支配力をウェールズから切り離そうと奮闘する。
 時の教皇インノケンティウス3世のいるローマへウェールズから何度も通い、カンタベリー大司教ヒューバート・ウォルター(獅子心王リチャード1世の有能な留守番役だった男)の懐柔もはねつけ、ローマ教皇からのお墨付きを得ようとするのだが――。

 最後には視点がウェールズから当時の国際情勢にまで移り、単なる評伝ではなく「その時代」の見通しを提示することに成功している。

 先にも書いた通りやや地味な感はあるが、エドワード1世より前のイングランド王国のウェールズ取り込みの過程や、インノケンティウス3世、ヒューバート・ウォルターの普段は注目されない面など、ウェールズを軸に据えることによって面白い視点を提供できている。
 文章も読みやすいし、実際一気に通読してしまえた。おそらく英国史に興味のない人でもたやすく読めるだろう。単純に読み物としてもおすすめである。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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