モンゴル帝国と長いその後/杉山正明


 興亡の世界史シリーズ9巻目。概説史というよりは概説を知った上での補強に読むのが良いと思われる。概説史は講談社現代新書から出ている同じ著者のモンゴル帝国の興亡を推したい。
 モンゴル帝国の出現が「世界史の出現」における画期となった。モンゴルは決して残虐な戦闘集団ではなかったのであり、中華中心史観や西欧中心史観は批判されて然るべきである。という彼のいつもの主張が、この手の体裁の一般向けの本としてはかなり濃い内容で語られている。また、例によって「元朝」「イル汗国」「キプチャク汗国」「アケメネス朝」などの正確ではない用語を使わない、という方針も一貫している。

 世界史の出現においてはラシードゥッディーンの「集史」など、モンゴル時代に編纂された歴史書が、複数の文化圏の歴史を平等に、かつ広域にわたって扱っており、周辺を夷荻として扱うことの多かった過去の歴史書と一線を画すと述べている。
 また、モンゴルの残虐性は強調されて伝わったものを、モンゴル自身が敵を脅すために利用したのであって、実際に虐殺されたとして伝わっている人数が、当時の都市に住んでいたわけがないというデータの提示もある。

 「大航海時代」(この訳語も「地理上の発見の時代」を西洋中心すぎるといって日本人が考え出したのだが)をことさら強調して近代の幕開けとするような考え方も、所詮モンゴルの遺産を利用したのにすぎないのであり、それ自体が節目ではあり得ない、とする。

 一方中国の方でも鄭和を持ち上げることを批判し、その上宝船が8000㌧を越えていたというのは虚言にすぎない、というような話まで載っているのはまあ彼の主張を考えるとご愛嬌なのだろうか。加えて、オゴタイの死について穿った見方をしているのは少々論拠に欠けると思う。
 まあそれはそれとしてドイツと並んでモンゴル帝国史研究を牽引する日本のモンゴル帝国史家の本としてはそこそこ充分な内容であろう。

 個人的にはアフガニスタンのドゥッラーニー王国を最後の遊牧政権、としている終章が面白かった。

章立て

序章 なんのために歴史はあるのか
第1章 滔滔たるユーラシア国家の伝統
第2章 モンゴルは世界と世界史をどう見たか
第3章 大モンゴルとジャハーン・グシャー
第4章 モンゴルとロシア
第5章 モンゴルと中東
第6章 地中海・ヨーロッパ、そしてむすばれる東西
第7章 「婿どの」たちのユーラシア
終章 アフガニスタンからの眺望
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鉄勒京二

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