563年 記事番1 ザイヌッディーンの隠棲

イスラム暦563[西暦1167-1168]年 完史英訳2巻P168
「ザイヌッディーンがモスルから離れ、いかにしてクトゥブッディーンは彼の領地への権限を引き受けたか」

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以下訳文
 

 この年、ザイヌッディーン・アリー・イブン=ベクテギン――モスルのあるじクトゥブッディーン・マウドゥードの副官であった――が、モスルの主人に対する勤めを終えてイルビルへ隠居した。彼は国中で最も有力な権力者であり、国土の大半は彼の手中にあった。彼の知行地を列挙すれば、邸宅と財産庫があり子どもたちが住んでいたイルビル、シャフラズールとそれに付属する城塞、ハッカーリーに属する全ての土地と城、フマイディース、ティクリート、シンジャール、ハッラーン、そして彼が住んでいたモスルの城塞、となる。彼は難聴に苦しみ、視力も低下していた。モスルを去りイルビルの邸宅へ移ろうと決めた時、彼は全ての知行地をクトゥブッディーン・マウドゥードに返上し、イルビルのみを手元に残した。
 彼は勇敢かつ賢明で、正義感があり、善政を敷き、さらに純粋な心を持ち、運命に愛された。戦にあって、ただの一度も敗れることはなかった。また、寛大で物惜しみせず、部下や他人に多くを与えた。ハイサ・バイサが彼を讃える頌歌を作ったが、彼がそれを披露することを望んだ時、ザイヌッディーンは以下のように言った。
「私は彼が何を言おうとしているのかは知らぬが、何を欲しているのかは知っているぞ」
 彼は500ディナールと馬、名誉の衣を含む衣装、あわせて1000ディナール相当を与えた。彼は、この年に死去するまでイルビルに住んだ。
 ザイヌッディーンがモスルのシタデルを去ってから、クトゥブッディーンはファクルッディーン・アブドゥルマスィーフを彼の後任に据えた。ザイヌッディーンが建築業にあまり興味を示さなかったために城塞に荒れている部分があったが、彼はそれを修復した。アブドゥルマスィーフは白人宦官で、アタベク・イマードゥッディーン・ザンギーのマムルークの一人であった。彼は圧政と堅固な政権で知られることになる。
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