ギリシア思想とアラビア文化/ディミトリ・グタス
主にアッバース朝期におけるギリシア語文献のアラビア語への翻訳運動について論じた本。
アッバース朝期に種々のギリシア語文献がアラビア語に翻訳されたことはよく知られている。本書は、科学史的な観点よりもむしろ政治史・社会史的な文脈からその翻訳運動を論じたものである。ギリシア語文献の翻訳活動は、単にカリフ個々人の知的関心から行われた事業ではなく(でなければ、200年以上もの間持続はしない)、国家イデオロギーに裏付けされた国策であった。
本書は全二部七章からなる。
第一部は一~四章で、一章は前史と背景、二章・三章ではマンスールとマフディー、マフディーの息子たちの時代の翻訳運動について。マンスールはウマイヤ朝のアラブの特権性を否定したアッバース朝革命の成り行き上の必要からペルシアの伝統を重視し、ササン朝の翻訳事業を引き継いだという。ここには、ササン朝の後継国家としての明確な国家イデオロギーが見られる。
ちなみに、この部分では、実は「知恵の館」と関係しているのはペルシア語からアラビア語の翻訳であって、ギリシア語からアラビア語への翻訳については知恵の館で行われたとする史料は傍証すら一切無いということが述べられている。
四章はマアムーン時代に入る。内戦を経て即位したマアムーンは、ササン朝の後継国家としての性格よりもより普遍的なイデオロギーを必要とした。それこそが反ビザンツ・イデオロギーであり、キリスト教の普及によって古代ギリシアの叡智を捨て去ったビザンツに対し、知識を尊ぶイスラームという構図を示すため、ギリシア語文献の翻訳が推進されたのだ。
第二部は翻訳と社会の関係について。ここでは、第一部で述べられたような過程で推進された翻訳運動が、どのように社会と関わっていき、受け入れられたかを論じている。社会的な需要や、あるいは翻訳を保護した人々・翻訳に携わった人々など。また、後世への遺産、国外への遺産が最後に述べられているが、ギリシア語文献のアラビア語への翻訳運動がビザンツの9世紀ルネサンスへ影響を与えたとの示唆が興味深い。
翻訳がやや直訳調で読みにくいという難点はあるが、出版されてすぐ数カ国語に翻訳されたというだけあって、単に翻訳そのものだけではなく、アッバース朝時代全体を考えるにあたって欠かすべからざる文献であろう。