スルタンガリエフの夢/山内昌之


 副題は「イスラム世界とロシア革命」。ロシア革命・内戦のさなか、民族主義とイスラーム、共産主義を融合させ、独自の「ムスリム民族共産主義」を目指したあるタタール人の夢と挫折の書。
 
 近代中央アジアの群像の中で、「革命」に賭けた政治的指導者は多いが、本書が扱うスルタンガリエフもその一人だ。彼は共産主義者でありながら、ボリシェヴィキの主流派とは一線を画し、タタール民族の解放を目指し、最後にはスターリンに危険視され殺された男である。

 著者によれば、スルタンガリエフはロシア革命が押し進めた「共産主義」に、普遍主義の仮面を被った、少数民族のロシア民族への同化圧力や、オリエンタリズムが潜んでいることを見抜いていたという。ゆえに彼はタタール人の権利を擁護すべく、しかし共産主義の理想も捨てず、さらにはジャディード運動の流れも引き継いで、民族主義と共産主義、それにイスラームという互いに矛盾しあう三つの思想を融合させた「ムスリム民族共産主義」を掲げた。
 ながらく他の民族によって抑圧されてきた民族はそれ自体がプロレタリア民族として把握できるとし、民族内部の貧富の差より先にまず民族全体の貧困を問うべきだとしたのである。この理論によれば、共産主義における階級闘争は民族闘争と矛盾なく接続できることになる(少なくとも、スルタンガリエフはそう捉えていた)。この図式は、革命期のウクライナ人やユダヤ人、さらには時代が下って第三世界の人々の心に訴えかけるものを持つことになる。

 本書は必ずしもスルタンガリエフその人の評伝というわけではない。タタール民族の前史から説き起こし(100頁ほどを割いてある)、スルタンガリエフが革命にどう関わったか、またその思想はどのようなものであったか、いかにボリシェヴィキの主流派と決別し、処刑され、さらには後の第三世界に影響を与えたかを書いているのだが、革命・内乱期のムスリム社会や、時代そのものなど広い視野を持つ記述も多く、折にふれてタタール以外のムスリム共産主義の指導者についても述べてある。
 ロシア革命と共産主義に関する予備知識が無いと少々読みこなすのに厳しいものがあるが、貴重な本ではあろう。
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鉄勒京二

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