近況と最近読んだ本など

 そろそろレビューが200冊目になりそうです。100冊目は『海域から見た歴史』だったので、今回も何か分厚い本を読んでレビューを書きたいところでありますが……。

 以下、最近読んだ本。
 

■松本健一『大川周明』
 久々に大川周明関連を読みました。前から気になっていた本を、たまたま遠出先の本屋で見つけたので購入。原書は'86年の出版(文庫化は'04年)と、少し古い本なのでいささか気になる点もありますが(特に著者のイスラーム理解)、大川の評伝としては悪い本ではないと思います。
 大川が吉野作造の影響を受けていたことや、ボリシェヴィキ敵視を批判するパンフレットに大川が賛意を示していたという事実を挙げつつ、大川を単純に右翼と割り切ることはできないとして、彼の戦争に対する姿勢や、また彼の思想などを少し細かめに腑分けして見ていくという方針(逆に、大川自身の経歴についてはたいして詳しくない)。大川は岡倉天心ほど日本の「白禍化」に自覚的でなかった、という評価にはなるほどと思ったり、いやそれでも消極的抵抗はしめしていたのだという解釈に単純に割り切れないものを見たり。
 ややエッセイめいている部分もありますが、著者の意図はさておいても彼が生きた時代の中での大川という部分は見えやすいかと。


■木下鉄矢『朱子学』
 回儒について知るなら朱子学の基礎知識もないといけないだろう、ということでちょうどメチエの新刊として出たこの本を読んでみました。表紙がサブタイトルも何らかの図版も無いといういっそ清々しいくらいのシンプルさですが、まあそれはさておいて。
 一応入門書という扱いになっているようですが、なかなかの難書です。「学」「性」「理」「心」「善」というキーワード毎に章を立て、順序だって説明し、全文敬体で統一して読みやすさを意識しているようですが、いかんせん朱子学そのものが難物なのでした。しかも著者は従来の朱子学研究における「朱子学に極めて完成された論理一貫性を見る立場」から一歩離れているようで、その辺が先入観と齟齬を来して理解を妨げているような気がします(これは読者である私の問題なんですが、多分他の人にも当てはまるかと)。
 また、本書は朱子学そのものについての本であって、朱子学の歴史的展開や、政治への影響などはほとんど語られません。その辺も含めて、別の本を当たってから読み直す方がいいのではないかなどと思います。


■アブデュルレシト・イブラヒム『ジャポンヤ』
 イスラーム原典叢書の最新刊。何故か諸国征服史の3巻ではなくこちらが先に出た模様。諸国征服史の方は索引の作成に手間取ってるとかでしょうか?。本書は以前第三書館から出ていたものの増補改訂版です(値段はえらく跳ね上がってますが)。イブラヒムの『イスラーム世界――日本におけるイスラームの普及』から、日本滞在部分をメインに抜き出して和訳してあります。
 汎イスラーム主義者のイブラヒムが日本へ来て、いろいろ見聞を深めたことを自分で書き記したのが本書なわけですが、ムスリムの目から見た明治日本像が分かって面白いところ。人力車を見てびっくりしたり、日本の学校教育について興味を持って自分で調べてみたり、また伊藤博文、大隈重信、大山巌といった著名人も含めて色々な日本人と交わってみたり(あえて徒歩で移動することによって会話の機会を増やし、日本語を覚えたそうな)、様々な集会の場で演説してみたり(イブラヒムは日本の特徴を「大和魂」に見ていたらしい)と、キリスト教の宣教師に対するやや口汚い非難もあって時代を感じるところではありますが、普通に読むだけでも面白い本になっています。
 イブラヒムが日本に期待していたのは読んでいくうちにありありと分かってくるのですが、日本がその期待に答えられたか、そしてその期待が正当なものであったかというとまたそれは別の話なのでありました。


■丸島和洋『戦国大名の「外交」』
 こちらもメチエの新刊。Twitterで話題になっていたので、戦国時代は専門外ながら購入。タイトルの外交にカッコが付いているのは、大名同士の交渉を指しているのであって、国際外交の話ではないから、とのこと。著者あとがきによると、戦国時代を扱った本はあっても、戦国大名を扱った本は少ないとのことで(個別大名の研究が多くてタコツボ化しており、戦国大名全般はなかなか論じられないようです)、そういう意味でも貴重な本。
 外交官=「取次」の活躍や、外交文書のアレコレなどが解説してあります。序盤は少し読みにくかったものの(というのは私が戦国時代の政治史に詳しくないからですが)、交渉ルートの話や独断で取次が動いた事例など、複雑であることが分かりやすくわかるように書いてあって非常に面白いです。
 結構なスルメ本だと思うので、戦国時代についてもう少し知ってから再度通読したいところ。
 なお、秀吉の惣無事令を巡って近年論争があるらしいんですが、その辺のことも最後の方にちょろっと載っています。このあたり、前から興味があったもののどっから手を付けていいのか分からなかったので何が論点になっているのか把握できて良かったと思います。


■渡辺幹雄『リチャード・ローティ=ポストモダンの魔術師』
 歴史学に対するポストモダンからの批判というのは歴史学にとって割と頭の痛い問題らしいですが、その辺の問題関心からポストモダンをもう一度勉強してみるかということで、大学の法社会学の授業でリチャード・ローティについて少し聞いたということもあり、まずは文庫で手に入ったこの本から。
 渡辺先生のローティ解釈がどの程度妥当か判断する能力は私にはありませんが、読みやすさという点ではかなり良い本でした。就中、ロールズに関してはわずかながら予備知識があったのでローティのロールズ理解を解説している部分はなかなか興味深いところが(逆に言うとハーバーマスやデリダ、ポパーなんかについてはさっぱり知らなかったわけですが)。あとは非還元主義的物理主義については、ガザーリーの因果律の切断と、機械的な現代物理学のことを考えると私にはよく理解できました(この辺、決定論と自由意志の問題も整理できて面白かったです)。
 まあ、この一冊で終わらせるのも問題なので、引き続き思想関連の本も漁ろうかと思います。


■須藤靖、伊勢田哲治『科学を語るとはどういうことか――科学者、哲学者にモノ申す』
 話題になっていたので購入。須藤先生は物理学者で伊勢田先生が科学哲学者だそうな。正直物理学についても科学哲学についても全く詳しくないので(科学哲学については名前はみかけたことがあるものの具体的に何をしているのかはさっぱり知りませんでした)。文理間の対話というと我々の分野では歴史学・考古学と、環境系の学問の連携なんかが先に思い浮かぶわけですが、科学哲学者と科学者がほぼ没交渉(少なくとも須藤さんはそう思っている)というのは意外でした。
 結局、この対談を通して議論があまり噛み合っていないわけですが、その上で、辛抱強く対話を続けながら歩み寄りを図るというのは、希望の持てる展開であったなあなどと。「終わりに」で伊勢田さんが「私から見ると須藤さんにはずいぶん哲学のことを知ってもらえたし、それに応じて須藤さんの科学哲学批判の矛先も当初から比べてどんどん鋭いものになっていった。これは大変大きな「歩み寄り」だと私からは思える(逆説的な言い方だが、相手に同意することばかりが「歩み寄り」ではない)」と書いていることが非常に印象的でした。こういう考え方をしたいものです。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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