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ムハンマド・アリー/加藤博


 世界史リブレット人の一冊。近代エジプトの建設者、ムハンマド・アリーを通じてその時代を問う。
 
 ムハンマド・アリーの評価は難しい。本書冒頭で述べられているが、ムハンマド・アリー時代のエジプトをオスマン帝国の属州にすぎないとみなすか、実質的な独立国家であるとみなすか、また後者であるとしてもムハンマド・アリー時代が近代エジプトの出発点となったとするか、仮にそうであったとしても、所詮ムハンマド・アリー朝はこれまでと同じ異民族支配国家にすぎず、現代エジプトはその打倒(1953年)を以って始まったのだとするか――。これらの立場の違いによって、ムハンマド・アリーの評価もまた揺れ動く。本書は、そこから一歩離れてムハンマド・アリーの生きたエジプトにとってその時代がどういう意味を持っていたかの方に重きを置いている。
 ゆえに、ムハンマド・アリー本人の経歴については(無論史料の少ないこともあろうが)それほど詳しくはない。また、彼の関わった戦争についても政治に重点が置かれた記述で終わり、戦史についてはほとんど触れるところがない。そのあたりを期待するとおそらく肩透かしを喰らう。
 逆に何に詳しいかと言えば、ムハンマド・アリーが押し進めた近代化政策と、それが当時のいかなる国際環境にどう影響されたか、ということである。農地の人工灌漑化やインフラの整備、学校教育の充実化、行政機構の整備、軍備の充実など、明治維新に比される「近代化」の道筋が語られ、そこからオスマン帝国に代わる地域帝国への野望と、その挫折へと話が進む。

 終章ではムハンマド・アリーの統治の評価がされているが、少なくとも当時のエジプトにとって彼が取った重商主義的政策は現実的な路線だったことに間違いはない、とされている。しかし、著者は彼の時代の問題は今なお続く問題の出発点でもあるともする。
 日本とエジプトの近代化の成否については、「歴史の偶然と蓋然を思わざるをえない」という著者の言葉が重い。あるいは、何か一つ違えばエジプトの姿は日本のそれであったかもしれないのである。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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