軍事奴隷・官僚・民衆/清水和裕


 副題「アッバース朝解体期のイラク社会」。アッバース朝が統一性を失った時期における社会の変容を政治史ともリンクさせながら追う。
 
 本書は三章立てで、一章が「軍事グラーム集団の形成」、二章が「書記官僚と税務行政」、三章が「社会変動と民衆」となっている。

 一章では、マムルーク朝のシステム化されたマムルーク制度を重要視する余り、このシステムをこれ以前の時代にも当てはめてしまおうとするこれまでの奴隷軍人研究を批判し、サーマッラー期アッバース朝の奴隷軍人がいかなる実態を持っていたかを考察する。著者によれば、この時期の奴隷軍人アトラーク集団は、マムルーク朝のマムルークとは異なり、奴隷であることによって特別な地位を持つことは無かったという。というのも、アトラークは他の非奴隷軍事集団とまとめて運用されており、カリフにとって必要だったのは自らの意によって動く軍事集団であり、奴隷身分出身ということはそこに大きな意味を持っていなかったのである。
 また、この章では奴隷軍人という制度の起源についても考察が行われる。先行研究のイスラーム的起源(マワーリーの軍事利用)を重視する立場を首肯しつつ、一方中央アジア史の視角から指摘される、チャーカル制度の影響につても、全面的な賛同は避けつつその影響を認める。特に、奴隷軍人を受け入れる側についてはイスラームの枠内での正当化ができれば問題がないのであるが、奴隷軍人となる側は、中央アジア的な制度の枠組みに擬して自らの立場を理解していたのではないかとしている。奴隷軍人となる側の視点については、これまでの研究に欠けていた視点であるという。
 さらに、これが組織される家内集団=「イエ」(その最大のものがアッバース家であったわけだが)についても考える。まず「イエ」の家産を守るための非常時の武装が武装化の起源であろうと言う。このイエが徐々に大きくなるにつれて武装の重要性も増し、巨大な軍事組織となっていくのである。
 また、「グラーム」の指す語が軍事集団だけではないとの指摘から、グラームとはどのような広がりを持ち、それはいかなる歴史的役割を負ったのかについても考察されている。

 二章では、この時代の土地制度に関して、アッバース家というイエを題材に書記官僚と税務行政に光を当てる。先行研究の誤りを正しつつ、法学上の理想と、実際の業務という現実の間を埋めた書記官僚について注目している。
 三章では、より社会史寄りの論考になる。西暦十世紀バグダードの暴力集団、ムスタブ・ブン・アッズバイル墓参詣、裏切るクーファ市民(これは附論)が扱われている。
 まずバグダードの暴力集団であるが、これを社会の変化の中に位置づけ、権力側と暴力集団の関わりに注目する。これまで「任侠無頼」として反権力と思われがちであった暴力集団も、時に公認を受けて権力側に取り込まれたり、逆に権力側の軍事集団の一員であった者が軍籍を追われやむなく暴力集団に吸収された場合もあるという。
 ムスタブ墓参詣については、これをブワイフ朝によるシーア派のアーシュラーの行事の公認に、スンナ派住民が対抗して人為的にはじめた行事であるとし、さらに何故参詣の対象がムスタブの墓であったのかを、深く検証している。
 附論もまた、「裏切り」のイメージを持つクーファの行動が、ウマイヤ朝の政治状況の中で作り出された、つまり環境に左右された行動であったという点を指摘しており興味深い。

 概説などではあまり扱われない時代であり、その点単著としてまとまっている本書は貴重であるが、正直なところ管理人のような素人にとっては注意深く読まないと噛み砕いて理解することはなかなかできない。ともあれ、例えば「イエ」と土地制度についてなど、日本史学における権門体制論との比較などを念頭に読むとなかなか面白かったというのも本当である。単に解体期のアッバース朝のみならず、その前後の時代との繋がりの問題もあり、広く西アジアの歴史に興味があれば読んでみて損はないだろう。
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鉄勒京二

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