ナポレオン/上垣豊


 世界史リブレット人の一冊。一代の英雄ナポレオンの評伝。
 
 ナポレオンというと管理人は専らエジプトにおけるムハンマド・アリー登場の文脈でしか関心を持ってこなかった(他は大学時代に法史学で少し触れたことがある程度)ので割合反省しているのだが、本書の著者によればもともと歴史学的な手法に基づいた伝記研究は数が少なく、これまでの日本では本池立氏によるものが唯一であるという。著者曰く、ナポレオンは「あまりにも劇的すぎて現実離れしており、正直なところ、歴史研究者の手にあまる」というのだ。
 そういう状況下ではあるが、ナポレオン時代の各論的研究は盛んで、またナポレオン伝説の言説史にも大きな発展があるという。その研究結果を盛り込みながら、ナポレオンについてコンパクトにまとめた伝記が本書だ。

 ナポレオンの軍事面での活躍についてはあまり詳しい記述はなく、したがって部下の元帥たちについても同様に記述が薄い。反面、政策についての考察は多くなっている(そう言えば、同シリーズの『ムハンマド・アリー』もそうだった)。

 伝記部分において、他の本とくらべてこの本に特徴的な分析、というものがあるのかないのかこの時代に疎い管理人には判断がつきかねるのだが、ナポレオン伝説の形成・変遷についての部分は、同シリーズの『アレクサンドロス』と同じく面白い部分である(もっとも、確認できる変遷のスパンはナポレオンのほうがはるかに短いようだ)。
 ナポレオン失脚後、彼の生存中は「人喰い鬼」「悪魔」などとする暗黒伝説が流行したが、彼が死去し、「無害化」されると彼を称えるような黄金伝説が主流となっていく。彼の甥、ナポレオン3世は彼の伝説を利用し帝位についたが、その後はむしろ自分の影が薄くなることを恐れ、伝説に触れることがなくなっていくという。
 ナポレオンの黄金伝説はフランスという国を越え、広がっていく。一方で、未だスペインではナポレオンは憎まれ続けている。副題「英雄か独裁者か」の問いも、ここにかかっているようだ。著者は、見方に、あるいは見る人による、と結んでいる。多く、複数の国に足あとを残した英雄の常であろうか。
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鉄勒京二

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