ピョートル大帝/土肥恒之


 世界史リブレット人の一冊。ロシアの近代化を進めたピョートル大帝の評伝。
 
 ピョートル大帝と言えば、2メートルを超える巨漢であり、西欧旅行で自ら船大工の仕事を学んだり、強引なまでの欧化改革を推し進めたりとなかなか強烈な個性の持ち主である。「西欧に憑かれたツァーリ」という副題もそれをうまく言い表しているように思う。

 内容としてはまず「①若きピョートル帝」でピョートルの生い立ちを説明する。主流派でなかったピョートルは当初、クレムリンではなくモスクワ郊外の村で母親とともに暮らしていたという。伝統や儀礼に無関心な性格はここで育まれたようだ。
 また、この項ではアゾフ遠征の失敗と、ピョートルの西欧旅行(外交的な目的もあったのだが、その方面での成果があがらなかったためにピョートルの「修学旅行」的な側面が強調されているらしい)についても解説がある。帰国後にピョートルは洋服の着用やヒゲを蓄えることを禁止したりしたが、すこぶる不人気であったという。
 「②戦争と軍隊、そして財源」では、北方戦争の経緯と軍制改革について。軍事費を賄うための税制改革や、徴兵制の施行など。また、それがいかなる影響を社会に及ぼしたか。彼の改革が畢竟、軍事的な目的があったということが分かる。
 「③サンクト・ペテルブルグ」では新都サンクト・ペテルブルグについて。寒い上に水害も多く、地盤も緩いサンクト・ペテルブルグに、住民の強制移住までさせて何故ピョートルが遷都したのか。モスクワを嫌ったこともあるようだが、どうやら貿易上の利点が大きかったらしい。
 最後の「④皇太子アレクセイ事件」で扱われるのは、守旧派的な皇太子アレクセイがピョートルを嫌ってウィーンに逃亡し、最終的にハプスブルク領イタリアのナポリまで逃げ、連れ戻された後に死刑判決が下り、拷問中に死去した事件である。著者はピョートルが父としてではなく国家元首としてアレクセイに挑んだと書いている。

 ピョートルの改革はロシアを近代化し、ヨーロッパの国際政治の重要なファクターとしたという面で非常に大きな成果があった。一方で、改革に保守派の抵抗はつきものだが、農奴制に上に立つ専制君主であるというピョートル時代の帝政の旧時代的な性格が、逆説的なことに保守派の抵抗を押し切って改革を推し進めるのに役立ったという。著者はこれを開発独裁に例えている。
 また、極端な欧化政策はロシアのナショナル・アイデンティティの危機をもたらしたともいう。「西欧派」と「スラヴ派」対立の種はこの時に撒かれたようだ。
 本書はこのシリーズとしては割合スタンダードな評伝である。著者は本書の性格について「彼の生涯をたどりながら改革の「功罪」を問うもので、いわゆる「偉人伝」ではない」と書いているが、その言葉通り、上で概観したように功罪ともに書き込んであり、ピョートルについて知る上ではなかなかの良書であると言えよう。
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鉄勒京二

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