松田俊道『サラディン』


 世界史リブレット人の一冊。十字軍と戦いイェルサレムを奪回したことにより一躍英雄となったサラディンの評伝。
 
 理想的なイスラーム君主として今なおエジプトで人気の高い人物、サラディン。騎士道の体現者として、ヨーロッパからも敬意を払われている。だが、その実像はいかなるものだったのだろうか。本書は日本語で読めるサラディンの評伝として、佐藤次高氏の『イスラームの「英雄」サラディン』に次いで二冊目となる。著者の松田俊道氏はバハーウッディーンのサラディン伝(『スルタンの珍しきことどもとユースフの美徳』)の翻訳を進めておられる方である。

 章立ては「①アイユーブ朝の創設」、「②サラディンの改革」、「③イェルサレムの奪回」、「④ワクフ政策」、「⑤サラディンの評価」となっている。
 「①アイユーブ朝の創設」ではサラディンのエジプト掌握までの流れが示される。父アイユーブ、叔父シールクーフの経歴やヌールッディーン配下時代のことはバッサリと割愛し、軍制の整備・イクターの設定とスンナ派護持政策(対アッバース朝政策を含む)に頁が割かれている。 「②サラディンの改革」でも主に書かれるのは税制に関連する改革と建設事業である。
 「③イェルサレムの奪回」では、イェルサレム奪回の流れよりはむしろ、都市イェルサレムそのものについての説明と、都市政策がメインだ。
 「④ワクフ政策」は、特殊イスラーム的なシステムであるワクフ制について、サラディンの政策と関連づけながら解説される。また、ウラマーの東方からの往来について、サラディンがザンギー朝時代の政策を引き継いだことを述べる。在地に基盤を持たない外来のウラマーは、政権に依存しがちであり、政策に順従であることが期待できるからだ(なお、ザンギー朝がこの政策を取ったことに関しては谷口淳一『聖なる学問、俗なる人生 中世のイスラーム学者』参照)。
 「⑤サラディンの評価」はその業績をいかに評価すべきか述べている。サラディンの部下からの肯定的評価や、その公正さなどを紹介した後、サラディン個人に依存したシステムが結局彼の死後うまく働かなくなってしまったこと、戦費を使いすぎたことなどを挙げ、正負両面から見ようとしている。

 本書の副題は「イェルサレム奪回」であるのだが、十字軍との戦いに割いてある頁はあまり無く、どちらかと言えばサラディンの政策や統治についての記述が多い(ヒッティーンの戦いや第三回十字軍との戦いについても述べるところは少ない)。悪い本ではないのだが、佐藤氏のサラディン本か、あるいはアミン・マアルーフの『アラブが見た十字軍』を読んでからとりかかったほうが、より理解が深まると思われる。
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鉄勒京二

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