井上文則『軍人皇帝のローマ』


 副題「変動する元老院と帝国の衰亡」。バルカン半島出身者(イリュア人)=辺境の軍人たちの台頭と元老院の政治舞台からの退潮を軸にローマ帝国の衰亡を読み解く。
 
 ローマ帝国が滅んだ原因については各人各説でまとまりがない。互いに矛盾するものもあれば、両立しうるようなものもある。以前紹介した南川高志『新・ローマ帝国衰亡史』はローマ人アイデンティティの変質という面から分析していた。一方、本書の著者井上氏は南川氏の弟子筋であるようだが、著者の主張はローマの文明が元老院に代表される階級の文明であった以上、軍人の台頭は文明の衰微の前提条件の一つとなり、民衆から元老院が見放されるにあたってローマの文明は滅んだ、というものである。例によってこの説の蓋然性について判断する能力は管理人にはないが、一冊の本としての一貫性はあり、なかなかおもしろい本ではあった。

 本書の特徴として、中国史との比較がある。著者は、辺境の防備を担う結束心の高い集団という面からイリュア人を武川鎮軍閥に比する。ただ、ローマに興味のある一般読者の何割が拓跋国家における武川鎮軍閥と言われてすぐに思い浮かぶのかを考えると、少し怪しい物はある。著者は宮崎市定を引くが、管理人などはそれよりも先にイブン・ハルドゥーンの王朝有機体説が出てくる。いずれにせよ、辺境の過酷な環境が国家の代謝を促すという見方である。
 またウァレリアヌスをディオクレティアヌスの先駆けとして高く評価し、ディオクレティアヌスを通説のようにエポックメイキングな人物とみなすのではなく、ウァレリアヌス以来の政策の完成者として評価する最近の説に則っているのも興味深い。

 著者の主張に一定の説得力はあるがそれとは別に、セウェルス朝時代以降のローマ帝国について通史的に200頁ほどで読める(メチエにしてはやや薄い)というのもこの本の便利なところである
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
当ブログの内容を雑誌・書籍等にご利用されたい場合はご一報下さい。
管理人への連絡は掲示板か拍手でどうぞ。

検索フォーム
カテゴリ
リンク
アクセスカウンター
月別アーカイブ