沢田勲『冒頓単于』


 世界史リブレット人の一冊。匈奴の冒頓単于について扱う。著者は『匈奴』の沢田勲氏。
 
 冒頓単于と言えば遊牧国家匈奴を漢に匹敵する一大勢力に育て上げた英主であるが、本人のパーソナリティに関してはあまり情報がない。情報源は司馬遷の『史記』が大半で、それにしてもあまりにも古くから知られているために書かれ尽くした感がある。近年、林俊雄『スキタイと匈奴 遊牧の文明』等で紹介される通り、考古学調査の進展により匈奴に関しても徐々に明らかになりつつある事実は多いが、さりとて単于個人について考古学で明らかになることなどあまりない(単于個人の墓が見つかれば別だろうが、その兆しはない)。世界史リブレット人シリーズは90頁ほどの小著であるが、冒頓に関してそこまで書くことがあるのだろうかと思いながら手にとった。

 結論から言えば、予想通り冒頓個人についてこれといって目新しい話は無い。ただし、時代背景について面白い記述はいくつかある。
 一つは、モンゴル高原に興亡した諸遊牧民の始祖説話と、中華の対北方観を取り上げ、精神史的に分析していることだ。匈奴の強大化と中華思想・華夷観念の確立が連動している可能性が示唆される。
 また、冒頓のクーデターについては類書で散々述べられているところであるのだが、そこから読み取れる「①馬への思い」「②閼氏の役割」「③欧脱地の存在」について言及される。土地にあまりこだわりを持たないはずの遊牧民の単于が、あの逸話において「土地は国家の基本である」と激怒したことはよく考えてみれば奇妙であり、そこに当時の遊牧民にとっての欧脱地=緩衝地域の役割を見る。
 さらに、白登山の戦いに中華皇帝と匈奴単于の性格の違いを見る。単于は前線に出るのが常であり、後方に陣取って指図する皇帝とは明らかに期待される能力が違うわけだ。著者は「中国皇帝の場合、君主が前線の戦闘に立つときはかならず劣勢のとき」、(白登山の場合)「皇帝自ら前線に立った時点で勝敗は決していたといっても過言ではない」と述べる。

 そもそも、冒頓について評伝を一冊書くというのは無謀であり、こういう書き方になるのは致し方のないところであろう。それを踏まえた上で、冒頓の時代と遊牧国家の原型の出現を知りたいと思うのであれば、コンパクトにまとまった本として貴著な一冊ではある。
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