富田健次『ホメイニー』


 世界史リブレット人の一冊。副題は「イラン革命の祖」。
 
 「まことにアッラーは、民が己の事柄(運命)を変えるまで、彼らの事柄を変え給うことはない」[13章11節](作品社版より引用、括弧内引用者)。原理的には定命を認めながらも自助努力の必要性を強調したアフガーニーが強調したクルアーンの一節である。彼はアフガン出身を自称したが、実際はイランのアサダバード出身だったらしい。アフガーニーの功績については今更述べるまでもないが、このフレーズを強調したもう一人のイラン出身の指導者がいる。他でもない、本書の主人公ホメイニーである。

 『悪魔の詩』事件と絡んでその名をご記憶の方も多いだろうが、ホメイニーはイラン革命を成し遂げた宗教指導者である。イラン革命は、現代世界にあって親米的な王制を、共産主義者革命でも民主主義革命でもないイスラーム革命という方法で打ち倒した。この出来事は日本のマスコミでも大きく取り上げられたことと思うが、肝心のホメイニーについて、よく知っているという人は少ないのではあるまいか。
 アフガーニーにしろホメイニーにしろ、特殊イラン的な事情がその思想の背景にある。彼らが属したのはシーア派イスラームのうち、十二イマーム派だ。十二イマーム派の法学は、いち早くイジュティハードを再開し、硬直していたイスラーム法の再解釈に道を開いたことが本書で述べられている(なお、このあたりの事情は飯塚正人『現代イスラーム思想の源流』の当該部分を読むとより分かりやすい)。結果、ウラマーの位階制度や聖権威と俗権威の二分化体制が成立する。
 この状況下で王制批判を繰り広げていたホメイニーは逮捕や国外追放を経つつ、他の反王政派(中にはマルクス主義的な組織もある)と組み、市民の支持を取り付ける。賢明なことに、彼の方針は武装闘争ではなくストライキが中心であった。
 1979年2月、イランへと戻りついにイスラーム革命を成功させたホメイニーは新体制の組み上げに着手する。革命を主導した諸派の競争や、革命を警戒するイラクの攻撃など、様々な危機があったが、ホメイニーはそれを乗り越える。

 得体のしれない人物のように扱われることもあるが、これだけのことを成し遂げた人物が現実的な視点を持ち合わせていないはずはなく、本書を読むとそれがよく分かる。

 なお、ホメイニーが哲学や神秘主義に傾倒していたことも述べられている。これも、イラン的であると言えばそうである(中世イスラーム哲学の担い手は、アラビア語で著述を行ったとは言えイラン系の人物が多い)。現在のイランの宗教教育でも哲学は一定の重みを持っているようだ(タバターイー『哲学入門』はイランの宗教学院で広く学ばれているという。詳しくは桜井啓子『イランの宗教教育戦略』)。

 ホメイニーはどこか遠い世界の人物のように思うが、さりとてイランと日本は関係の深い国どうしであり、ホメイニーは紛うことなく現代の人間だ。知っておいた方がいいことであり、本書はその良い案内になるだろう。

 余談だが、本書の発売日はクリスマスイブであった。山川出版社のことなので特に意図があるわけではないのだろうが……。
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鉄勒京二

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