近況・新刊情報と最近読んだ本など

 先日、神戸に来ていた大英博物館展に、歴史好き誘い合わせの上行ってきました。このブログ的に注目だったのは、アブドゥルマリクのディナール金貨と、ヴァイキングの財宝の中に含まれていたディルハム銀貨、十字軍時代にシリアで製造されたガラス器あたりでしょうか。
 また、ムガル時代の細密画も展示されていましたが、これは実物を見れてよかったかなと。細密画は資料集などでもよく掲載されていますが、あの精密さを印刷で出すのはなかなか難しいように思いました。

 さて、新刊情報。 前回の新刊情報から一週間も経っていないので今回はあまり分量がありませんが。
 まず、『イスラームと文化財』という本が新泉社から。ここのところの世界情勢を見ていると、この二者の関係を考えることは重要であると思います。肝心の新泉社サイトは8月で更新が止まっており大丈夫かと少し不安になりますが……。
 また、ユーラシア研究所がユーラシア・ブックレットの後継シリーズを模索していたようですが、幸いなことに群像社からユーラシアライブラリー・シリーズを今秋から刊行開始とのことです。ただこちらもあまり情報がなく。
 さらに、まだ買えていませんが、『歴史を射つ』という本が御茶の水書房から出ています。副題が「言語論的転回・文化史・パブリックヒストリー・ナショナルヒストリー」とのことで、現代歴史学を悩ませる問題を正面から扱った本の模様。必読です。

 では、以下最近読んだ本。
 


■鶴間和幸『人間・始皇帝』
 岩波新書の新刊。帯によると「始皇帝と大兵馬俑」という特別展が10月未ころから始まるそうで、タイミングを合わせて出版した感じでしょうか(私が行けるとしたら大阪に巡回してきた時なので来年の半ばくらいになりそう?)。
 時系列順に始皇帝の事績を追っていくので評伝と言えば評伝なのでしょうが、新出の出土史料関連の話が多く、その辺がキモだと思います(帯にも「治下から姿を現した謎の真相とは?」との文句が)。始皇帝の本名、「政」ではなく「正」だとか。古井戸に投棄された当時の簡牘文書(涸れ井戸が地方行政文書のゴミ捨て場になっていたらしい)がここ15年くらいで発見ラッシュらしく、司馬遷の史記の記述を補ったり、疑ったりする研究が出始めており、本書もその流れの中にあるようです。
 またこちらは文献史学の再検討ですが、始皇帝を襲った荊軻の動機について、当時の国際関係の中から読み解いており、個人的にはそこが一番面白かったかなと。
 始皇帝関連の本を読むのはこれが一冊目ですが、中国史の本にしては読みやすかったのでおすすめです。


■西尾哲夫『言葉から文化を読む――アラビアンナイトの言語世界』
 歴史学の本ではなく、人類学の本で、現代の話が多いのでレビューではなくこちらで紹介。西尾先生、アラビアンナイト関連の本で名前をよくお見かけするので文献学方面の方かと思っていたら、ご専門は言語学・アラブ研究で、言語人類学なんかを研究されているそうです。
 全体的には西尾先生のカイロ留学からはじまり、シナイ半島での言語関連のフィールドワーク、ロンドンでアラビアンナイト研究と出会い……といった風に先生の研究履歴をたどるような感じになっています。フィールドワーク選書は人類学のシリーズで、現場でのあれこれが面白いのですが、本書も類にもれず調査時の経験談がふんだんに盛り込まれていて読み物として面白いです(カイロでのうどんの話には思わず噴き出しました)。
 ベリーダンス事情については『慈悲深き神の食卓』でも読みましたが、イスラーム主義が幅を利かせて来る中ではなかなか大変なものがあるようですね。
 

■ニザーム・アルムルク『統治の書』
 このイスラーム原典叢書シリーズ、第一回配本の預言者ムハンマド伝の一巻が2010年の未に出て、4ヶ月に1冊刊行という触れ込みながら、途中刊行されない時期が8ヶ月くらいあった時もあって大丈夫かなと思っていましたが、ようやっとここまで来ました(未刊は『ムスリム同胞団の思想』下巻と『天方性理』)。
 本書はセルジューク朝の名宰相ニザーム・アル=ムルクが晩年に書いた一種の君主鑑文学です(類書では『アルファフリー』や『カーヴースの書』、『四つの講話』などが既に和訳があって手に取ることができます)。歴史上の逸話をふんだんに盛り込み、君主のあるべき姿について論じています。特徴的なのはムハンマドの行状はもちろんのこと、サーサーン朝の君主のあり方を理想的に描いていることで、アラブとは一線を画したいイラン人の誇りが透けて見えます(なお、ニザームがかつて仕えていたガズナ朝の初期の君主に対しても非常に好意的です)。
 イスラーム政権間の外交や、セルジューク朝の軍事制度など、制度史の史料としても読める部分があり、その辺も面白いところ。
 最後の方になるとシーア派やマズダク教をひたすら攻撃する内容になるので、少々退屈ですが、なぜこうもニザームが彼らを排撃したのかと言えば、彼個人の経歴から、秩序を強く求める想いがあったのではないか、と、作品解題では述べられています(ただ、作品解題に署名が無いので井谷先生と稲葉先生のどちらが書かれたのかはよくわかりません)。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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