高野太輔『マンスール』


 世界史リブレット人の一冊。アッバース朝の事実上の創建者、マンスールの評伝。
 
 アッバース朝の君主として有名な人物と言えば、一も二もなくハールーン・アッラシードであろう。創建者であるはずのサッファーフ(アブー・アル=アッバース)とマンスールの兄弟は、ハールーンに比べて知名度では劣る。実際のところ、日本語で読めるマンスールの評伝はこれまでほぼ絶無で、アッバース朝の歴史と関連してその事績が述べられるに留まっていた。その中で著された本書は、100頁ほどの小著ながらも貴重な一冊である。

 著者はまず、本書のねらいを「この偉大な帝王の生涯を紹介すること」としている。特にマンスールに対する評価基準を明示しているわけではない。実際、話は前史から始まって時系列順に進んでいく。マンスールを通じて、革命期とアッバース朝初期の時代を見るといった風であり、背景事情の解説が詳しく分かりやすい。また、鍵括弧で人物の台詞を括ってあり(おそらく原典史料からの引用なのだろう)、臨場感がある。
 前半は革命の地下運動からサッファーフの即位、そしてサッファーフ死後マンスールが即位してからも相次ぐ政治闘争が書かれる。これは革命の功臣アブー・ムスリムの粛清で最高潮に達する。その初期の統治は流血に次ぐ流血で全く安定しなかった。
 後半は、帝都バグダードの建設や、マンスールが建設した「イスラーム帝国」(ウマイヤ朝が「アラブ帝国」であったことと対比される)の内実について、また帝国の中央集権化(忘れがちだが、アッバース朝は東西6000kmに及ぶ巨大帝国である)、カリフの周囲の人々について(マンスールは妃に頭が上がらなかったらしい)など。

 著者は、マンスールについて以下のように評する。「非常に癇が強く、平然と敵の血を流し、どこまで疑り深い」、「彼の統治ぶりを一言で表現するとすれば、「恐怖」という言葉こそがもっともふさわしい」、「しかし、マンスールが成し遂げた業績の数々は、そうした彼の人柄に負うているところも大きい」、「彼ほどに豪腕の持ち主でなければはたしえなかった」。
 俗流の信長像に近いのではないかと思うのだが、そう見るとこれはこれで深く知るに魅力的であると言えよう。
 最後に紹介されているマンスール死後の挽歌は、マンスールの性格を端的に表わしているようで面白い。「死の運命に出くわしても▽運命の方を打倒しそうな王であったのに」。


(ところで、著者は西アジアでのマンスールの知名度を例えて「当の西アジア社会においてはマンスールの名もハールーンに負けず劣らず有名であり、わが国における源頼朝や足利尊氏の如く親しまれているのである」と述べている。頼朝はともかく、尊氏はそこまで親しまれているのだろうか、と、南北朝時代の不遇をかこつ人間としてはついツッコミをいれてしまった)
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鉄勒京二

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