近況・新刊情報と最近読んだ本など
今年も紀伊國屋書店がこの一年間で出版された人文書ベスト30を選出する「じんぶん大賞」を開催するようです。今年一年で出版されて読んだ人文書をざっと思い返してみると間違いなく『世界の辺境とハードボイルド室町時代』は入選するという確信に至ります。
過去にアンサーリー『イスラームから見た「世界史」』が入選した他は西アジア・中東史関連の本は見当たらないので、今年こそなにがしか入選して欲しいなあと思います。
さて、新刊情報。
岩波書店から『近代フランス農村世界の政治文化』が19日に。この本自体がどうこうというよりも、世界歴史選書シリーズから新刊が出るということの方が衝撃です。『木簡・竹簡の語る中国古代』と『貨幣システムの世界史』の増補新版が出たり、佐藤先生の『イスラームの国家と王権』が岩波オンデマンドに収録されたりはしていましたが、純粋な新刊となると2008年の『近世パリに生きる』以来なので実に7年ぶりということに。未刊の同シリーズの中には『通訳たちのオスマン帝国』というタイトルがありますが、さて、いつ出ることか。
吉川弘文館の東北の古代史シリーズ3巻『蝦夷と城柵の時代』は今月25日(うっかりしていましたが中世史シリーズ3巻『室町幕府と東北の国人』は先月30日に出てました)。
山川歴史モノグラフから今月下旬に『オスマン朝の食糧危機と穀物供給』という本が出るそうです。著者の澤井さんの論文「穀物問題に見るオスマン朝と地中海世界」は『オスマン帝国史の諸相』に収録されていましたが、この論文と同じ方向性の本になる感じでしょうか。
東洋文庫12月にはガザーリー『哲学者の自己矛盾』が。是非とも『中庸の神学』と合わせて読みたいところ。
以下、最近読んだ本。
■納富信留『プラトンとの哲学――対話篇を読む』
プラトン「との」哲学、というタイトル通り、ところどころプラトンに語りかける形式で話が進みます。
プラトンの対話篇を取り上げてそれぞれと対話する方針。
どっちかというと、イスラーム哲学の方へ流れこんだ新プラトン主義に通じる部分を知りたかったので、その点についてはあまり収穫はなく。が、まあ、文章は読みやすいですし、プラトン本人に興味のある方にはおすすめできるのではないでしょうか。
同じ著者の本としては『ソフィストとは誰か』の方が個人的には得るものは大きかったです。
■王勇『唐から見た遣唐使――混血児たちの大唐帝国』
Amazonのほしい物リストに入れてずっと放置していたものの、たまたま古本屋で見かけたので購入。ちょっと遣唐使に関して8世紀のアジア情勢と関連して調べたいことがあったのですが、その点は収穫なし。しかしながら、なかなかおもしろい本ではありました。
唐という王朝は諸外国に対して開けた風土を持っていたイメージがありますが、遣唐使の中にも唐の女性と結婚して子供をもうけた人も居たようです。本書は混血児たち、及びその親たちに注目して遣唐使と唐朝を語るというもの。出てくる遣唐使メンバーは阿倍仲麻呂、吉備真備、藤原清河、円載、羽栗吉麻呂など。
特に、吉麻呂の二人の息子、翼と翔は父の故国日本へ趣き、かなり出世したようで、興味深い人物です。吉麻呂は阿倍仲麻呂の従者だったようで、仲麻呂が従者の国際結婚に理解を示したのであろう以上、仲麻呂本人も唐の女性と恋愛することがあってもおかしくはない、みたいな分析もあり。
基本的に史料のはざまの話になるので著者の推測が多くなるのはいたしかたのないところではあるのでしょう。とは言え、当時の日中交流の一面が見えてくるいい本です。
■廣瀬憲雄『古代日本外交史――東部ユーラシアの視点から読み直す』
上の本は遣唐使を分析対象としているので当然のこと日中交流についてクローズアップされているわけですが、こちらは当時の東部ユーラシアの国際関係を整理した上で日本を位置づけるという本。冒頭から玄宗期、対日・対半島関係は唐にとって優先度は高くなく、重要だったのは北の遊牧勢力や西の吐蕃との関係であるという割とショッキングな話題で始まります。
故西嶋定生先生らから始まる「冊封体制論」の見直しから始まり、実証研究に依拠した各国の上下関係の相対化、そしてその中での日本の立ち位置の分析という流れを取っています。そのため、中国の周辺諸国の話が多く、タイトルが『古代日本外交史』であるにも関わらずどちらかというと副題の「東部ユーラシア」の歴史として読める部分も多いのが一つの特徴。
東部ユーラシアという枠組みでものを考えていますが、「東アジア世界」論のように、その地域を一体として考えるのではなく、収める地域の射程は広いながらも、各勢力の自律性に重きを置いているのがもう一つの特徴。
異なる複数の外交秩序の共存を強調している部分などは、つい近現代に引きつけて考えがちな我々にとって貴重な警句でしょう。
なお、非常に面白い良書ではありますが、なかなか視野が広いために『遊牧民から見た世界史』あたりを先に読んでおく方がいいかもしれません(特にタイトルを見て釣られる人は日本史の好きな方が多いでしょうが、遊牧勢力についての予備知識のあるなしで本書の理解が格段に違ってくると思われます)。
■安部龍太郎『義貞の旗』
歴史小説の紹介を書くのも久々です(ログを漁ってみたら最後に書いたのが吉川英治『黒田如水』で一年半以上前)。南北朝ものというと、このブログの休止期間中に高師直を主人公にした伊東潤さんの『野望の憑依者』
が出ましたが、こちらは新田義貞が主人公。戦国ものほどではありませんが、ちょくちょく南北朝ものも出てるのでありがたいことです。
安部さんの南北朝ものは『道誉と正成』、『バサラ将軍』につづいて三冊目。
読みやすいのはいいのですが、義貞さんの魅力は凡将が身に余る大任を持て余しながらもなんとか頑張っているところだと思っている人間としては、この本の義貞さんはちょっと優等生すぎるかなあと。最期があっさりしすぎているのももうちょっと書いてやれよと思わないでもなく。
とは言え、貴重な小説であることに変わりはなく、南北朝ものに飢えている人であれば楽しめるのではないでしょうか。
過去にアンサーリー『イスラームから見た「世界史」』が入選した他は西アジア・中東史関連の本は見当たらないので、今年こそなにがしか入選して欲しいなあと思います。
さて、新刊情報。
岩波書店から『近代フランス農村世界の政治文化』が19日に。この本自体がどうこうというよりも、世界歴史選書シリーズから新刊が出るということの方が衝撃です。『木簡・竹簡の語る中国古代』と『貨幣システムの世界史』の増補新版が出たり、佐藤先生の『イスラームの国家と王権』が岩波オンデマンドに収録されたりはしていましたが、純粋な新刊となると2008年の『近世パリに生きる』以来なので実に7年ぶりということに。未刊の同シリーズの中には『通訳たちのオスマン帝国』というタイトルがありますが、さて、いつ出ることか。
吉川弘文館の東北の古代史シリーズ3巻『蝦夷と城柵の時代』は今月25日(うっかりしていましたが中世史シリーズ3巻『室町幕府と東北の国人』は先月30日に出てました)。
山川歴史モノグラフから今月下旬に『オスマン朝の食糧危機と穀物供給』という本が出るそうです。著者の澤井さんの論文「穀物問題に見るオスマン朝と地中海世界」は『オスマン帝国史の諸相』に収録されていましたが、この論文と同じ方向性の本になる感じでしょうか。
東洋文庫12月にはガザーリー『哲学者の自己矛盾』が。是非とも『中庸の神学』と合わせて読みたいところ。
以下、最近読んだ本。
■納富信留『プラトンとの哲学――対話篇を読む』
プラトン「との」哲学、というタイトル通り、ところどころプラトンに語りかける形式で話が進みます。
プラトンの対話篇を取り上げてそれぞれと対話する方針。
どっちかというと、イスラーム哲学の方へ流れこんだ新プラトン主義に通じる部分を知りたかったので、その点についてはあまり収穫はなく。が、まあ、文章は読みやすいですし、プラトン本人に興味のある方にはおすすめできるのではないでしょうか。
同じ著者の本としては『ソフィストとは誰か』の方が個人的には得るものは大きかったです。
■王勇『唐から見た遣唐使――混血児たちの大唐帝国』
Amazonのほしい物リストに入れてずっと放置していたものの、たまたま古本屋で見かけたので購入。ちょっと遣唐使に関して8世紀のアジア情勢と関連して調べたいことがあったのですが、その点は収穫なし。しかしながら、なかなかおもしろい本ではありました。
唐という王朝は諸外国に対して開けた風土を持っていたイメージがありますが、遣唐使の中にも唐の女性と結婚して子供をもうけた人も居たようです。本書は混血児たち、及びその親たちに注目して遣唐使と唐朝を語るというもの。出てくる遣唐使メンバーは阿倍仲麻呂、吉備真備、藤原清河、円載、羽栗吉麻呂など。
特に、吉麻呂の二人の息子、翼と翔は父の故国日本へ趣き、かなり出世したようで、興味深い人物です。吉麻呂は阿倍仲麻呂の従者だったようで、仲麻呂が従者の国際結婚に理解を示したのであろう以上、仲麻呂本人も唐の女性と恋愛することがあってもおかしくはない、みたいな分析もあり。
基本的に史料のはざまの話になるので著者の推測が多くなるのはいたしかたのないところではあるのでしょう。とは言え、当時の日中交流の一面が見えてくるいい本です。
■廣瀬憲雄『古代日本外交史――東部ユーラシアの視点から読み直す』
上の本は遣唐使を分析対象としているので当然のこと日中交流についてクローズアップされているわけですが、こちらは当時の東部ユーラシアの国際関係を整理した上で日本を位置づけるという本。冒頭から玄宗期、対日・対半島関係は唐にとって優先度は高くなく、重要だったのは北の遊牧勢力や西の吐蕃との関係であるという割とショッキングな話題で始まります。
故西嶋定生先生らから始まる「冊封体制論」の見直しから始まり、実証研究に依拠した各国の上下関係の相対化、そしてその中での日本の立ち位置の分析という流れを取っています。そのため、中国の周辺諸国の話が多く、タイトルが『古代日本外交史』であるにも関わらずどちらかというと副題の「東部ユーラシア」の歴史として読める部分も多いのが一つの特徴。
東部ユーラシアという枠組みでものを考えていますが、「東アジア世界」論のように、その地域を一体として考えるのではなく、収める地域の射程は広いながらも、各勢力の自律性に重きを置いているのがもう一つの特徴。
異なる複数の外交秩序の共存を強調している部分などは、つい近現代に引きつけて考えがちな我々にとって貴重な警句でしょう。
なお、非常に面白い良書ではありますが、なかなか視野が広いために『遊牧民から見た世界史』あたりを先に読んでおく方がいいかもしれません(特にタイトルを見て釣られる人は日本史の好きな方が多いでしょうが、遊牧勢力についての予備知識のあるなしで本書の理解が格段に違ってくると思われます)。
■安部龍太郎『義貞の旗』
歴史小説の紹介を書くのも久々です(ログを漁ってみたら最後に書いたのが吉川英治『黒田如水』で一年半以上前)。南北朝ものというと、このブログの休止期間中に高師直を主人公にした伊東潤さんの『野望の憑依者』
安部さんの南北朝ものは『道誉と正成』、『バサラ将軍』につづいて三冊目。
読みやすいのはいいのですが、義貞さんの魅力は凡将が身に余る大任を持て余しながらもなんとか頑張っているところだと思っている人間としては、この本の義貞さんはちょっと優等生すぎるかなあと。最期があっさりしすぎているのももうちょっと書いてやれよと思わないでもなく。
とは言え、貴重な小説であることに変わりはなく、南北朝ものに飢えている人であれば楽しめるのではないでしょうか。