桑野栄治『李成桂』


 世界史リブレット人の一冊。朝鮮王朝の太祖、李成桂を扱う。
 
 本書のサブタイトルは「天翔る東海の龍」である。国の建設者には「ムガル帝国の創設者」(バーブル)や「ドイツ帝国の建国者」(ビスマルク)、「イスラーム帝国の創建者」(マンスール)など、割とありきたりなサブタイトルが付いてる本シリーズにあって、珍しく文学的な表現になっている。また、李成桂を龍に例えると聞いて韓国ドラマ『龍の涙』を思い浮かべる人もいるかもしれない。これは本書冒頭で紹介されている『龍飛御天歌』に依拠した表現である。
 龍に擬せられる李成桂であるが、その人生は決して空を飛ぶようにはいかなかった。特に晩年は退位した後、息子たちの暗闘で心が休まらなかっただろう。

 本書では、武人であった李成桂の経歴とともにその背景事情が東アジア規模で解説されている。そもそも、高麗王朝の動揺は元末の農民反乱から明の出現と元の北帰に至る中国の動乱、さらに海域における倭寇の跋扈と連動していた。李成桂は高麗に侵入した紅巾賊や倭寇との戦いで功績を上げつつ、武臣たちが幅を利かせる中不遇をかこつ文臣たちの支持を得た。
 こうして力をつけた李成桂は、有名な威化島回軍で高麗乗っ取りに動いた。政権じたいはそれほどの困難無く転がり込み、明からの承認も得て即位したものの、これまで李成桂を助けてきた部下たちとの確執、先にも挙げた息子たちの暗闘など、ありがちな話ではあるが暗い話題が続く(不幸中の幸いと言うべきか、漢城再遷都の際に、李成桂と太宗李芳遠の関係は改善されている)。
 明との関係も、朝鮮王朝創建のいきさつから、朱元璋の心象があまりよくなく、朝鮮を警戒する言葉が朱元璋の遺訓にまで盛り込まれてしまっていた。

 本書で、李成桂の部下であった李豆蘭(李之蘭)という武人の名前を知った。少し調べてみると彼は李成桂初期からの部下で開国功臣にも名を連ねた人物だが、王位継承や改革方針の違いも相まって、鄭夢周、鄭道伝などの功臣が殺され、王子たちも身内で争いを続ける中、李成桂に付き合って隠棲したらしい。女真人だったというが、数多の命を殺めたことを悔いて仏門に入ったという。彼のような人物がいたことは、一つ、李成桂にとって幸いだったかもしれない。
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鉄勒京二

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