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世界史の中の三本の矢

 「三本の矢」と聞いて、日本史に詳しい人であれば大抵は毛利元就の逸話が出てくると思います。元就が臨終に際して子供たちを集め、子供の数だけ矢を取り寄せて「この矢一本ではたやすく折れる。だが、これをひとつに束ねると折れにくい。お前たちはよくこのことを考えて、仲よくしなければならぬ。けっして仲違いをするではないぞ」*1と、遺訓として示したという話で、聞いたことのある方も多いことでしょう。
 その実、これは史実ではないらしく、どうやら実在の三子教訓状にいろいろと尾ひれがついた結果の模様です*2

 ところで、三本の矢を用いて遺言を遺した人物と言えば、他に唐末五代の群雄の一人、李克用が居ます。テュルク系の名将で「鴉軍」と呼ばれる黒尽くめの騎馬軍を率いて活躍し、「独眼龍」の異名を持つなど話題に事欠きません。
 その彼が、臨終に際して息子李存勗に言い残したのが以下の言葉。
「一本の矢で劉仁恭を撃て。汝は、まず幽州をくだすことなく河南を図ってはならぬ。一本の矢でキタイ(契丹)を撃て。そもそも(耶律)阿保機は吾と腕をとりあって盟し、結んで兄弟となり、唐家の社稷を復さんと誓った。しかるに今、約に背いて賊に附した。汝や必ずやつを伐て。一本の矢で朱温(=朱全忠)を滅ぼせ。汝が能く吾が志を成すならば、死すとも憾むことはない」*3
 毛利の逸話が団結を訴えるものであるのに対して、「この矢でライバルたちを撃て」とはなかなか血の気の多い李克用らしい逸話ではあります。以下に李克用の逸話よりもさらに毛利の逸話に似た話を紹介しますが、対象が棒や草などではなく矢である点、その数が三である点など、ひょっとしたら李克用の逸話が毛利の逸話の成立に影響を与えた片方の原点かもしれない、と、杉山正明氏は書いています。

 さて、三本とは限りませんが、*2の岩下論文で紹介されている中にはイソップ童話や、吐谷渾の逸話、チンギス・カンとその息子たちの逸話などで矢・棒などを束ねて折らせる話が出てきます。岩下論文では紹介されていませんが、セルジューク朝のトゥグリル・ベクにも似たような逸話があるので紹介したいと思います。
「トゥグリル・ベクは兄弟に一本の矢を渡して「折ってみろ」と言った。彼はそれを折り、今度はトゥグリルは二本を渡したがこれもまた折れた。三本になると、なかなか折れなかったがついに折れた。四本に達すると、とうとう折れなくなった。「これは我々のようなものだ。少人数でいれば自分から破滅するようなものだ。集まっていれば、誰も我らを打ち負かすことはできない」」*4
 これは遺言などではなく、ダンダナカーンの戦いの大勝利の後、兄弟のチャグリー・ベクに諭して言ったものです。この後、トゥグリルの別の兄弟、イーナールがトゥグリルと対立してしまう歴史を思うと、トゥグリルの思いは残念ながら届かなかったようです。
 また、セルジューク朝にはこの逆パターンの話も残っています。こちらはセルジューク朝の名宰相ニザーム・アル=ムルクの『統治の書』にあるエピソード。
 チャグリー・ベクの息子アルプ・アルスラーンは、部下に馬の毛を切らせ、10本まで束にしても簡単に切ることができても結い上げて綱にすると全く切れないことを示し、「敵というのも同様である。一人、二人、あるいは五人ならばたやすく滅しうる。しかし数が多くなって互いに援護し合うようになると、彼らは根絶しがたい存在となり、我らにとって問題となる」と述べました*5
 これは、その部下がシーア派の人間を登用した時に発した警句です(ニザームの創作である可能性も否定できませんが)。

 岩下論文ではプルタルコスがスキタイに似たような逸話があることを紹介していたことと、それが草原の道を通じて東西に伝播した可能性について書いてありますが、スキタイ、吐谷渾、モンゴルと来て初期セルジューク朝となると、かなり説得力が高いのではないでしょうか。
 イリヤス・エセンベルリンの大河小説『遊牧民』はカザフ建国の叙事詩的大作ですが、ここにも似た逸話が出てきます(折るのは矢ではなくシモツケソウの束)。
 エセンベルリンは以下のように書いていますが、三本の矢から、ユーラシアの悠久の、そして広大な歴史に思いを馳せるのも良いのではないでしょうか。

「この教訓のことは子どもたちでも知っている。彼は、他のバティルやスルタンたちがその息子たちに話したように、また歌い手たちが幾世紀の前から歌い伝えてきたことを、一語一語繰り返した」*6

*1 台詞は『名将言行録』の北小路・中澤訳 pp.111-112より引用
*2 岩下紀之「毛利元就の三本の矢の話」『愛知淑徳大学論集』12号、1987
*3 杉山正明『疾駆する草原の征服者』 pp.113-114
*4 Zahir al-Din Nishapuri The History of the Seljuq Turks p.167 より重訳
*5 ニザーム・アルムルク『統治の書』 p.207 より引用
*6 エセンベルリン『遊牧民』 p.247 より引用



 名将言行録は講談社学術文庫の現代語訳版が簡便。原典で紹介される192人中、22人を抜き出して現代語訳してあるが、一人ひとりの記事に関しては全訳。原典の全文は岩波文庫版を参照のこと。
 李克用については、さしあたり杉山正明『疾駆する草原の征服者』を挙げておく。遼に関連する記述にほぼ半分の頁を割き、それと関連して李克用ら沙陀軍閥についてもかなり詳しい記述がある。
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Author:鉄勒京二
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