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富田健之『武帝』


 世界史リブレット人の一冊。副題は「始皇帝をこえた皇帝」。
 
 前漢200年程の歴史の中で、1/4にあたる50年あまりを治め、その最盛期に皇帝であった劉徹こと武帝。対匈奴戦争などの派手な事業に目が向きがちであるが、本書では、始皇帝から武帝期に至る、国家体制と皇帝支配のあり方について注目して書いている。
 始皇帝は中央集権的な郡県制を敷いたが、高祖劉邦は封建制と郡県制をあわせた郡国制を敷いた。これは地方に一定の力を認めつつも四割ほどは皇帝の直轄支配地として確保するという体制であった。著者によると、従来、これは楚漢戦争の際の協力者(いわゆる漢建国後の「異姓の王」)に妥協したためと言われてきたが、最近の学界ではむしろこれは広大な帝国を効率よく支配するための積極的な意味があったのだという。郡県制を敷いた始皇帝は全国支配を行うために常人には不可能な量の仕事をこなしており、ゆえに「普通の皇帝」であった二世皇帝胡亥は秦を維持することができなくなってしまった。劉邦は賢明にそれを避け、「普通の皇帝」でも統治できるシステムとして郡国制を敷いたのだ、というわけである。
 ところが、郡国制は呉楚七国の乱と前後して矛盾を生じせしめる。それを解消するために実質的な郡県制への移行が図られるのだが、それは中央政府への負担の激増をも意味した。直轄支配地が500県から全国1300県あまりまで増大した結果、役人の不足、事務量の爆発的増加、国家財政への負担増など問題が噴出する。つまり、武帝にとって実質的郡県制は、むしろ前代からの「負の遺産」であった、という見解が、本書の武帝観の前提となっている。

 武帝の課題は、郡国制に頼らずに、「普通の皇帝」でも治められるよう郡県制のシステムをどうつくり上げるかという点に集約されることになる。
 著者は、まず武帝の丞相、公孫弘という人物を通して、官僚組織のトップ、組織管理者としての丞相という存在が武帝の時期に生まれたということを示す。公孫弘は武帝におもねったという批判もある人物だが、むしろ皇帝の手足となって働く官僚群の指揮者としては、皇帝の意思を汲み取り専門知識と高い実務能力で武帝の治世を支えた。この型の丞相の登場によって、中央政府の事務負担を担う事ができるようになったということは言うまでもない。
 また、皇帝の近臣の登場についても、これが従来の権威化した大臣らの組織と対立するものだと考えられていたが、武帝期における彼らの伸長は、むしろ公孫弘らの登場とあわせ、車の両輪であったのではないか、とする。丞相があくまで皇帝の手足である以上、そのままでは皇帝の頭脳は皇帝一人が担わねばならない。そのため、頭脳の役割もある程度分担する必要が出てくるのは当然の流れだ。その頭脳の役割を担ったのが、ブレーントラストとしての彼ら近臣・側近官僚群であったということになる。これは後に尚書として昇華されてゆく。

 武帝期の中国史上における意義は、郡県制による中央集権的支配を敷きながらも、「普通の皇帝」にも担えるシステムを作り上げたという点にある。本書は、その事実についてコンパクトにまとめており、非常に役立つ一冊であると言えるだろう。ただし、部分的に旧説への言及や議論に少し分量を取っているところがあるので、読む際には話の本筋は見失わないようにしたいものである。
 世界史リブレット人のコンセプトは「人をとおして時代を読む」だが、本書の場合は武帝という個人の治世を通して、中国史上の画期となった時代を見ることに成功していると言えよう。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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