松本弘『ムハンマド・アブドゥフ』


 世界史リブレット人の一冊。副題は「イスラームの改革者」。
 
 アブドゥフはどちらかと言えばアフガーニーの弟子として、師のついでに扱われることが多い人物だと思うが、今回、世界史リブレット人シリーズでは、アフガーニーとは別に一巻を割いて扱われている。
 アブドゥフは近代エジプトのウラマーであり、イスラーム改革に生涯を捧げた人物である。
 エジプトにおける近代は、財政破綻と英仏(のちには英国単独)の介入に動かされる苦難の時代であった。それは決して幸福な時代とはいえなかったが、その時代に立ち向かうために多くの闘士たちが戦った時代でもある。
 アブドゥフはこの時代における思想家であると同時に運動家でもある。運動家という言葉から想像されるところとは反して、その経歴は意外なことに公職での活動が多い。著者は彼のイスラームに対する知識と高い行政能力の兼備という稀有な性質がこれを可能にしたのだと分析している。

 また、彼の思想については、彼が「サラフ」(理想とされる初期イスラーム世代)とみなす世代を11世紀にまで拡大し、理性と信仰の調和を説いたアシュアリー(アシュアリー神学派の名祖)を理想としていたことが解説される。その登場以降、アシュアリー神学派はマウトリーディー神学派(及び、ハディースの徒)と並び、スンナ派神学の主流に位置するが、彼はその理念に立ち返り、理性と信仰の調和を目指していたようである。それを表すのが冒頭で引かれている彼の言葉(「私は現在の社会を構成している二つの大きな集団の、それぞれの見解に反対する。一つは、宗教の学問に献身する者たちとその一党であり、もう一つは、近代的な技術に低頭する者たちとその同志である」)であろう。
 アブドゥフの弟子世代は、師の思想を自分のものにする際に、理性と信仰のどちらかに振れてしまったと著者は分析する。其の上で、アブドゥフの中庸の姿勢は、現代イスラームに必要なものではないかと著者は述べている(もっとも、理性よりも啓示に振れたラインにあるはずのハサン・バンナーは背広とネクタイを着用した写真が残っているところからも分かるように、かならずしも西洋由来のものや科学技術を全否定するような人物ではなかった。このあたりは横田貴之『原理主義の潮流――ムスリム同胞団』を参照)。

 面白いのは、世界を飛び回った師アフガーニーとは異なり、アブドゥフは(途中国外追放されることはあるものの)軸足はあくまで故郷エジプトにあったということだ。そのお陰というわけでもあるまいが、本書には、エジプト近代史の重要なファクターが、政治史、思想史の両面において尽く登場している。挙げていくと、イスラーム改革の旗振り役アフガーニー、1919年エジプト革命の立役者サアド・ザグルール、雑誌『マナール』によって世界的な影響を保持した思想家ラシード・リダー、ムスリム同胞団の創設者ハサン・バンナーなどなど。アフガーニーは師であり、サアド・ザグルールは朋友、リダーとバンナーは弟子ということになろうか。
 また、同時代の事件としてオラービー・パシャによるオラービー革命も起こっており、この革命に対する態度もアブドゥフは問われている。
 アブドゥフの評伝としてだけではなく、エジプト近代史を見渡す際にも便利な一冊であると言えるだろう。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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