あるにゃんこオヤジとネコの話―アブー・フライラと西アジア史上の猫―

 本日放送のせんだい歴史学cafeは歴史の中の猫がテーマのようです。あちらは西洋史が中心なので、勝手に便乗して西アジア史における猫にまつわる人物の話を書いてみようと思います。

 さて、イスラームにおいて預言者言行録ことハディースは、クルアーンに次ぐ法源として確固たる地位を築いていますが、その伝承経路にしばしば顔を出す人物に、アブー・フライラという御仁がいます。以前にも説明しましたが、「アブー」は「○○の父」、「フライラ」は「子猫」の意なので訳すと「にゃんこオヤジ」ということになります。
 出身はイエメンで、やや遅く預言者ムハンマドの直弟子になるものの、4年間ムハンマドの言行をよく見聞し、それを多く伝えたといいます。貧しい家庭の出であったため家を持たず、モスクのスッファ(回廊)に住んでいたといいますが*1、バラーズリーによると、預言者の戦争にも従軍し、メッカ征服の場に立ち会い、まさにムハンマドが「真理は到来し、虚偽は消え去った。まことに虚偽は消え去るものである*2」と述べた現場を目撃しています*3。晩年には正統カリフのウマルによってバーレーン総督に任じられるという大出世を果たしました*4

 初期イスラーム史においては結構な重要人物であるのですが、そんな彼が権威ある書物にまで本名ではなく、にゃんこオヤジと呼ばれているのは彼が猫好きで知られていたからだと言います。日本ムスリム協会の『サヒーフ・ムスリム』の和訳の注によると、羊を飼いながら子猫と遊んでいたからつけられた名前だとか。

 そもそも、イスラームは割と猫贔屓で、ハディースのひとつに猫を餓死させた女性が地獄に落ちたと預言者が語った、というものがあったりします(なお、伝承者は例によってアブー・フライラ)。他にも「猫は不浄のものではない、周りにいて見張ってくれる」「マディーナ人のなかでも猫を飼っている家には繁く訪れた」などのハディースが存在しており、実は預言者ムハンマドも結構な猫好きでした*5
 ムスリムが猫好きだという話はヨーロッパにも伝わったようで、スレイマン大帝期のオスマン帝国に外交官として滞在したビュスベックは以下のように書き残しています。
「彼らが猫好きである態度については彼らの立法者ムハンマドが大の猫好きであったことによる。ある時、彼が読書中に猫が袖の上で眠ってしまった。礼拝の時間になり彼は務めを果たさなければならなかったのだが、猫の眠りを妨げるのは忍びないということで、袖を切って礼拝に向かった」*6
 これはムスリムたちの間でよく知られている逸話のようですが、ビュスベックがオスマン帝国において、何故猫がこんなに大事にされているのか疑問に思った時に誰かが教えてくれたのでしょう。
 また、ブワイフ朝のアミール、ルクヌッダウラは愛猫を執務室にまで持ち込んだそうですが、その猫が用務を取り次いだという逸話もあるようです*7

 逆に犬は一般には不浄な存在として、あまり良い扱いをされません(ビュスベックも先ほどの猫の記述と同じ部分で「彼らは犬を不浄の動物と見なしている」と書いています)が、場合によっては主に忠実なものとして肯定的に捉えられることもあるようです*8。これはクルアーンに、犬についての両面の記載あることからも見て取れます。

 いずれにせよ、以前書いた馬やラクダとは違って、より生活に密接な人間の友として、やはり西アジアでも犬や猫は人の関心の対象となっていたのでした。

*1 小杉泰『イスラーム帝国のジハード』 pp.375-6
*2 『クルアーン』17章81節 訳は作品社版による
*3 バラーズリー『諸国征服史』1巻 pp.75-7
*4 バラーズリー前掲書 1巻 pp.161-3
*5 堀内勝「猫」『岩波イスラーム辞典』
*6 The Turkish Letters of Ogier Ghiselin de Busbecq pp.111 より重訳
*7 堀内同前
*8 堀内勝「犬」『岩波イスラーム辞典』

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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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