近況・新刊情報と最近読んだ本など

 去る8月16日、大阪府立弥生文化博物館に「世界の文字の物語」展に友人と行ってきました。平日とは言え夏休み中でしたが、人も少なく快適に見られました(こんなに少なくて大丈夫かとは思ったりしなくもなかったですが)。
 実物大のハンムラビ法典が屹立していたり、ヒエラティック・ヒエログリフ・デモティック・コプト文字の関係などもすっきり分かったりと中々面白い展示でした。
 昼食を取った後は大阪観光をしたり、梅田のジュンク堂で一緒に本を見たり。

 さて、新刊情報。
 戎光祥出版から「シリーズ・実像に迫る」という評伝の叢書が出る模様。ラインナップは大河ドラマを意識したのか第一巻は真田信繁、第二巻は大谷吉継となっています。A5版で100頁ほどのようなので、山川の日本史リブレット人シリーズと似たような感じになるのでしょうか。
 ミネルヴァ書房からは日本評伝選で9月に新井孝重先生の『護良親王』、10月には亀田俊和先生の『足利直義』が出版され、二か月連続で南北朝ものが出ます。
 南北朝と言えば岩波文庫『太平記』六巻は10月。これにて完結となります。ちゃんと順調に出たので何より。函入りセットは出るんでしょうかね。
 中公新書9月では佐藤信弥『周―理想化された古代王朝』。同じく中公新書から昨年出ていた落合先生の『殷―中国史最古の王朝』の続編的な扱いなのでしょうか。甲骨文だけでなく金文研究の成果も盛り込まれている模様。
 講談社学術文庫「興亡の世界史」シリーズ文庫版は9月が『ロシア・ロマノフ王朝の大地』、10月が『通商国家カルタゴ』。
 来年の大河ドラマ絡みで井伊直虎本も複数出るようです。小和田哲夫『井伊直虎』は洋泉社歴史新書yから9月5日、夏目琢史『井伊直虎(仮)』が講談社現代新書から10月18日。

 もうひとつ。めでたいことにリンク先の歴史系倉庫さんがPHPからマンガを出されます!

 発売日は9月21日。私も少しだけお手伝いしました。
 歴史系倉庫のマンガ読者の方なら魅力の説明は不要と思いますが、全編描き直し・描き下ろしです。Amazonの他、楽天やhontoでも予約が始まっていますので、興味のある方は是非。

 以下、最近読んだ本。

■土田健次郎『江戸の朱子学』
 事情があって日本近世思想史について調べる必要が出てきたので読みました。水戸学方面の話が知りたかったのですがその辺の記述は無し。
 江戸朱子学の説明に入る前に、簡単に中国における朱子学の歴史についてもおさらいがあるので、この部分もけっこう便利かと思います。
 江戸朱子学の思想の内容についても詳しいのですが、近代化と朱子学の関係について著者が述べているのが面白いところ。
 江戸の思想史において、朱子学がその前提を用意したがために、伊藤仁斎や荻生徂徠ら反朱子学の学者たちも共通の基盤で議論ができ、それらの学説が並存している状況があったがゆえに、人々の間に学説の比較の上に自らの考えを固める素地ができあがっており、それが近代化の下地になったのではないか、と著者は述べています。このあたりはなるほどというところ。
 「体制教学としての朱子学」についてはさておき(実際仏教の力が強かったわけですし)、思想的議論の基盤を整えたのが朱子学であった、という指摘には言われてみれば頷かざるを得ないわけでした。


■髙岡弘幸『幽霊 近世都市が生み出した化物』
 吉川弘文館の歴史文化ライブラリーシリーズの新刊。とは言っても、著者は歴史学の研究者ではなく民俗学が専門の方のようです。たまたま直近の関心事に近い話のようだったので購入。
 本書では近世に全国各地に立ち現れた「マチ」すなわち近世都市における幽霊譚を分析し、その近世性を明らかにする、という方針で記述が進んでいます。「マチ」は、コミュニティ全員が顔見知りであるような「ムラ」とは違い、日常的に赤の他人と接し、生活範囲圏に身分も違い生活も全く想像できないような人々がいるような場所でした。庶民にとって豪商や武士は塀の向こうの存在であり、同時に生活圏内で目に入る隣人でもありました。
 最終的に、「近世期の幽霊は社会的な権力を批判することを特徴としていた。つまり、近世の人びとは表には表れにくい「悪」を告発し、それを何とかして罰したいという「思い」を幽霊に託した」という結論が出ているのですが、なるほど幽霊のステレオタイプは髪の長い若い女性であり、それは「イエ」制度によって抑圧されてきた弱き者の代表ではあったのだなあというところ。
 また、「武士の世界の幽霊譚とは、庶民による武士への精一杯の抵抗という側面もあったと考えることができる」「庶民は、お菊のような庶民出身の幽霊に自分たちの反抗心を託していた」「町人が権力者である武士を懲らしめるという、現実世界ではあり得ないことをやってのけてくれる唯一の存在が幽霊であった」というあたりの記述も、幽霊譚が単に恐ろしがられるだけでなく、庶民に求められ商業化されたこととも関連しているのだろうなと思う部分です。


■檀上寛『天下と天朝の中国史』
 280頁ほどしかありませんが、中国通史です。よくこの頁数でまとめられたなあと思うわけですけれども(南川先生の『新・ローマ帝国衰亡史』のときもそうでしたが)、著者はもちろんのこと、有能な担当編集者が岩波新書の編集部にいるのではないかなあと思ったりもします。
 内容はと言えば「天下」および「天朝」概念を軸に中国史を春秋戦国時代から近現代まで読み解く、という本。著者の檀上先生と言えば著書『永楽帝』で華夷秩序に基づく中華「世界システム」という概念を明代中国に適用した論を打った方ですが、本書でも天下とは何か、天朝とは何か、またその概念がどう適用されどう変容してきたかを論じつつ、拓跋国家や元朝・清朝時代を経て中華を中心とする天下秩序が拡大していく様を分かりやすく述べています。
 面白かったのは華・夷を分けるラインをどこに置くかという議論で①民族の違い(漢族か否か)②地域の違い(中心か外縁か)③文化の違い(礼・義の有無)という三つの基準が示されています。時の政権はこの三つの基準のうちどれか一つ、あるいは複数を選んで正統化に用いていた模様。異民族支配の清朝などは勢い③に振れざるを得ないわけです。また、明の朱元璋が元朝を北に逐った時の理論は、まず③を用い、クビライ時代には天下は盛世であったが、それはクビライが礼・義を重んじていたからであり、そうでなくなったモンゴルはもはや夷である、とし、次に②の基準に従い、夷であるモンゴルは外縁に放逐すべきだ、という論理を用いた、という分析になっています。
 また、ベトナム、朝鮮、日本などの東アジア諸国における天下観にも目を配り、それが中国の大天下といかなる関係を持っていたかを述べている部分も興味深いところ。日本の天下に関しては、ダブルスタンダードを用いて国内向けと国外向けの顔を使い分けていたところ、鎖国下で独自の天下観を打ち立てることになった(ただし、中国の大天下の秩序はやはり影響を与えていた)という整理がされています。なるほどというところ。
 近年の研究もかなり盛り込まれているようですし、文章も読みやすいので気になった方は是非ご一読をば。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
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