ロドニー・スターク『十字軍とイスラーム世界』


 宗教社会学者の手による十字軍史本。
 
 本書は、十字軍の概説を目的としたものではなく、十字軍に対する一般に広くなされている評価に対して異議を申し立てるものであり、かなり論争的な一冊となっている。まずはそのことを念頭に置いて読みたい。
 著者の主張は、本文の最後にある通り、十字軍が①正当な理由のないものではなく、②ヨーロッパ植民主義の第一歩でもなく、③土地や戦利品、もしくは改宗を目的としてなされたものではなく、④十字軍士たちは、洗練されたムスリムたちを犠牲にした野蛮人ではなかった。という四点にほぼ集約される。

 ②と③に関しては著者の主張は説得力があり、前者に関しては十字軍国家が西欧の政治勢力から独立していたことを示せば十分であるとしている。著者は、単に統治者が多数の現地民とは違う異文化を持つ外来の少数者であったというだけで「植民地主義」という言葉が使えるのなら、「すべての征服地は植民地だということになってしまい、十字軍士たちは単にトルコ人から植民地を奪ったに過ぎない(というのも、トルコ人もまた少数からなる支配者であったからである)ということになってしまう」と述べている。
 後者については、むしろもとより十二分な財産のある者しか十字軍遠征に出ることは出来ず(旅費だけでもかなりの額がかかる)、またより容易かつ土地も肥えていたアンダルスへの遠征の呼びかけではなく、遠いパレスチナへの十字軍への呼びかけの方に多くの参加者が集まったのは、その地の持つ宗教的意味が大きかったからであろうとする(著者は「スペインはパレスチナではなかったからだ。キリストはトレドの通りを歩くことはなかったし、セヴィーリャで磔にされることもなかったのである」と述べる)。また、十字軍国家の支配下のムスリムは自身の信仰を保っていたという事実も示されている。
 上記二点に関しては、なるほどその通りとうなずける。

 ①については枠組みの設定に関して適当かどうかの議論が必要であろう。確かにムスリムはいわゆる「大征服」の時代から、十字軍直前のトルコ系の人びとのアナトリア侵入の時期に至るまでキリスト教徒の土地を奪い続けており、十字軍がキリスト教徒側からの反撃であると見ることも可能である。
 しかし、著者が正しく述べている通り(p.55)、多くの場合、領地を奪われたのはビザンツ帝国であり、西欧国家ではなかった(あるいは、正教徒であり、カトリックではなかったという言い方もできよう)。イェルサレムを含むレヴァント地域にしても、ムスリムに征服される以前はビザンツ領である。
 ④は、著者の主張は二点に分かれる。
 一つは、中世の西欧、就中、十字軍の時代である中世中期以降の西欧は、かつて流布していた「暗黒時代」などではなかった、ということだ。「学問」というよりも、実学的なテクノロジーに関して中世ヨーロッパは進んでいたとする。農業技術(重量鋤や農耕馬の使用、三圃制の導入など)や軍事力(弩の使用や海軍力についてなど)が遡上に挙げられている。これらに関しては地域の別を無視してやや一般化しすぎる嫌いはあるものの、概ね妥当な主張であると言えるだろう。
 問題は二つ目である。著者は必ずしもムスリムの文化が西欧よりもすぐれていたわけではないとする。だが、ここに混乱がある。先に書いたとおり、著者は「キリスト教世界」と「イスラーム世界」という枠組みで物事を論じているのだが、この問題に関してはイスラーム世界を分断し、「アラブ」と「ペルシア」を分離し、ペルシア人の貢献がアラブ人に帰せられてしまっている、とする。だが、ペルシア人もアラブ人もムスリムであり(少なくとも、p.91で挙げられているペルシア人はそうである)、著者の方針通り「イスラーム世界」と「キリスト教世界」という枠組みで見た場合にはこの批判は当たらない。
 アラブにとって文化の多くが借用物であったことについてはそうだろう。しかしながら、ディミトリ・グタスが『ギリシア思想とアラビア文化』で述べているように、これを保護し、積極的に翻訳を推進したのはまぎれもなくアラブ人のムスリム支配者であったことを忘れてはならない。
 図書館に関しては、著者はビザンツの図書館には言及するが、同時代の西欧カトリック世界の図書館については言及しない。また、著者はサラーフッディーンがカイロの図書館を閉鎖した事実を挙げているが、これは佐藤次高氏が述べている通り、シーア派の研究機関ないしその象徴としての図書館の閉鎖が目的である可能性が高いと言えるだろう。事実、この図書館の蔵書のうち10万冊を宰相アルファーディルは自らが設立した学院に移しているのである。
 「学問」についてはさておき、テクノロジー・実学に関して、西欧に遅れを取った部分があるのは、弩の例を筆頭にうなずけるところである。さりながら、著者が挙げている例に「農業」があるが、ここでは西欧の先進的農業について記されるものの、比較対象となる「イスラーム世界」の農業については言及がない。清水宏祐氏の研究が示す通り、アラビア文字で記された農業書は広く流通しており、その土地に見合った農業が行われていたことが分かる。ここは、優劣をつけるために例を挙げるべきところではないのではないか(無論「暗黒時代」史観の否定のためには有用であるが)。

 また、後半では4つの論点を確認しつつ、十字軍の成り行きについて通時的に検討を行っており、この部分も有用である。
 ただ、この部分で一つ気になるのは、サラーフッディーンのイェルサレム開放時の身代金による捕虜の解放を、著者が「サラーフッディーンが敵に対して行っていた虐殺における唯一の例外」と述べている点である。実際のところ、この後で著者が述べている通り、捉えた騎士修道会の面々をサラーフッディーンは根切りにしており、必ずしもサラーフッディーンが全き博愛精神に溢れた人物ではなかったという点については確かであろうが、一方でイブン・アル=アシールが述べている通り、アッカやアスカロンでも安全保障を与えて敵を見逃しており、「唯一の例外」という著者の言葉は当たらない(そもそも、著者の述べている通り、当時の戦争には当時の戦争のルールがあり、捕虜を根切りにしてしまえば敵に捕らわれている捕虜との交換材料が減ってしまう)。

 長々と述べたが、十字軍史において、イスラーム寄りすぎる視点を再考するには十分な議論の提起と言えるだろうし、しっかり読み込む必要があるだろう。役者の櫻井氏も訳者あとがきで本書の読み方について一言しているのでこちらも念頭に置いておきたい。
 最初に読む本としてはおすすめしないが、より踏み込んだ議論に興味のある向きは熟読されたい一冊である。
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鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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