羽田正『増補 モスクが語るイスラム史』
副題は「建築と政治権力」。もとは中公新書で出ていたものが増補の上学芸文庫に収録された。
著者の羽田氏は『イスラーム世界の創造』で表明している通り、原著が書かれた当時とは異なってここ最近は「イスラーム世界」という概念の使用に慎重であり、その点については今回追加された補章でも記されている通りであるので、このあたりは気をつけて読みたい。
本書では(『イスラーム世界の創造』の言葉を借りると)「歴史的「イスラーム世界」」の枠組みに基いてモスクの歴史を語っている。モスクの平面図がしばしば出てくるように建築方面の話も多いのだが、政治権力の在り方と建築様式の変遷(地方政権の時代になるに従ってモスクの様式に地域ごとの特色が出てくるなど)についても語られており興味深い。
モスクと墓の関係や、モスク建築がマドラサに取って代わられる時期があるなどの話題も面白い。モスクには墓はあってはいけないそうで、ゆえに権力者たちは宗教施設でもあり、墓も付属させられるマドラサをこぞって建てるようになっていったのだという。
本書で扱われる範囲は概ね中央アジア・ペルシア圏からアンダルシア・モロッコのあたりまでだが、今回追加された補章では中国と東南アジアのモスクにも視野が及ぶようになった。ただ、相変わらずサハラ以南のアフリカのモスク(有名なところで言えばジェンネの泥モスクがある)については触れられていないので、そのあたりを知りた人は別の本を当たる方がよい。
イスラームに関わる建築に関しては補章で挙げられている深見奈緒子氏の本がここのところ何冊か出ているのでそちらでもいいのだが、やはりサブタイトルにある通り権力と建築との関係については本書がわかりやすいので、この点に関しては本書を読むのがいいと思われる。