鈴木董『オスマン帝国の解体――文化世界と国民国家』


 アジア・アフリカ・ヨーロッパにまたがる大帝国であったオスマン帝国の解体について考察した一冊。
 
 タイトル通りの内容ではあるのだが、冒頭では主権国家体制・国民国家体制の相対化が行われており、本書で用いる概念が設定されている。特に国民国家という語に対しては、通常ネイション・ステイトの訳語として使われることが多いのだが、ネイションには国民と民族の両方が含意されており、前者に限定した意味での国民国家、そして後者の意味の民族国家という使い分けがなされているので、この部分を押さえてから先に進みたい。
 また、前史としてオスマン帝国に至るまでの「イスラム世界」の形成や人々のアイデンティティのあり方について述べる。
 なお、ここでは著者は「イスラム世界」を文化世界として定義し、同じレベルの他の文化世界と併存するものとして設定している。そのため、羽田正氏が『イスラーム世界の創造』で指摘した「イスラーム世界」という概念の問題点がただちに当てはまるわけではないことに注意する必要がある。
 「イスラム世界」においては人々のアイデンティティの中で最も社会的枠組みとして認識されていたのは宗教であり、言語や民族ではなかった。
 後半ではイスラームのもとで不平等ながら多宗教の共存がなされていたオスマン帝国(やはりあくまで単位は宗教であり、民族や言語ではなかったことに注意)が、西欧発のナショナリズム(これも国民主義と民族主義に訳し分けられうる)に触れて解体されてゆくさまが述べられている。
 西欧の衝撃への反応として、国民主義としてのナショナリズム、すなわち宗教を問わず平等なオスマン・ネイションを作り出そうとするオスマン主義の試みも行われたが、結局これはうまくいかず、民族主義としてのナショナリズムが帝国を最終的な解体へと導いていくこととなったわけである。

 社会に対する分析が多いので、政治史の流れについては新井政美氏の『オスマン帝国はなぜ崩壊したのか』を読んで押さえておいてからの方が本書は読みやすいと思われる。
 また、本書内ではしばしば多民族国家ハプスブルク帝国の崩壊にも言及があるが、この点については大津留厚氏の『ハプスブルクの実験』を参照するのが良いと思われる。

 編集者の手があまり入っていないのか、新書にしてはやや読みにくい本ではあったが、それを差し置いても、オスマン帝国後半の歴史を見る際のガイドラインとして、また国民国家の相対化をなしうるための一つの道具として、本書は必読であろう。
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鉄勒京二

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