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白石典之『モンゴル帝国誕生』


 2015年に白石典之氏が編者となって勉誠出版から『チンギス・カンとその時代』という論集が出版されている。本書『モンゴル帝国誕生』は、その白石氏が『チンギス・カンとその時代』で示されていた研究結果も大いに利用しつつ、最新の研究成果をもとにチンギス・カンの実像に迫った一冊である。
 
 白石氏は考古学を専門としており、長らくモンゴル国において発掘調査を行っている研究者であるが、本書では『チンギス・カンとその時代』が様々な分野の研究成果を掲載していたように、著者の専門の考古学のみならず、文献史学や土壌学、気候学などの成果が取り入れられている。

 本書で著者が注目するのはチンギスの用いた「馬・鉄・道」である。またその前にチンギスが生まれ育った時期のモンゴル高原の政治状況についての分析もある。従来、チンギス生誕当時のモンゴル高原は金による勢力均衡策によって諸勢力が互いに争っていた場として捉えられていたが、最近の研究では西遼と金との代理戦争の場であったことが明らかになりつつある。最初は親遼派であったモンゴルだが、同盟していたケレイトが金につくにあたり、親金派に鞍替えしている。やがてモンゴルの勢力が大きくなってくると金についている意味もなくなり、独立路線を歩み始めるというわけだ。さらに、当時のモンゴル高原の気候についても整理されており、現代よりも寒冷であったことが述べられる。

 さて、まず馬についてだがチンギスが若い頃に逼塞していた地域は名馬の産地として知られているという。モンゴル高原が草さえあればどこでも同じように馬が育つかというとそういうわけではなく、やはり地域差があるらしい。この地域差は土壌学の見地により、良質な土壌が分布している地域と重なることが分かるようだ。また、ここは風雪害にも比較的強い地域であったらしく、他地域の遊牧民に比べ、寒冷時にはチンギスが有利に立っていたことも分かっている。
 次に鉄である。以前の著作『チンギス・カン』でも鉄については触れられていたが、今回は研究の進展に伴い、より一層詳しい事情が述べられている。モンゴル高原における鉄山の分布や、チンギスが金に接近したことによって鉄資源の入手が容易になり、かつ鉄をインゴットで入手することにより鉄製武器を製作する際の工程を一つ減らすことができること、モンゴル高原の諸勢力を撃破・糾合し、鉄山の多くを支配下に入れたので金との関係を続ける必要がなくなり自立路線をとりはじめたこと、などが示される。
 道については、ジャムチ制の起源が既にチンギス時代にあったことが示されている。草原は遮蔽物がないとは言え、地形の問題や給水の問題があり、長距離の移動においてどこでも好きな場所を通っていけるというわけではないようだ。草原の交通路の要衝を抑えることの重要さが述べられている。

 最後に、チンギスの国造りのビジョンについて著者なりの分析が示されている。結論から言えば、チンギスによる高原の統一は結果的なものであり、「「モンゴルの民」の安全と繁栄」という内政上の目標を進めていく上で、脅威の排除や資源の確保などを行っていく過程でモンゴル高原におけるモンゴルの覇権が固まっていった、ということになるようだ。高原を出て大征服を始めるのはチンギスの子世代以降の話であって、チンギス自身は世界征服などというビジョンは必ずしも持っていなかった。本書の論理展開を追っていけば頷ける分析となっている。

 なお、チンギス本人の経歴・行動については要所要所で挟まれており、基本的に時系列順ではあるのだが、それぞれの時期に関連する分析にかなり頁を割かれている。この点については先に同じ白石氏著である中公新書『チンギス・カン』などを読んで見通しを得ていた方がわかりやすい。
 とは言え、本書はチンギス研究の最先端を示すものであり、関心のある向きにとっては熟読したい一冊であると言えるだろう。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
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