長谷川貴彦『イギリス現代史』


 英国現代史について述べた一冊。
 
 イギリスのEU離脱を決めた国民投票のお陰で俄に英国近現代史への関心が高まっている節があるが、本書はそんな中2017年9月に発売された一冊である。著者はイギリス近現代史の専門家だそうだが、あとがきを読むと本人曰く専門分野ではない部分にも触れることになったとある。とは言っても叙述姿勢は本書の全体を通じて一貫しており、以下の四つの視座を用いることを巻頭で述べている。すなわち、①巷間の「イギリス衰退論」を実証的かつ通時的に検証する、②戦後英国の社会民主主義的コンセンサスからサッチャリズム以降の新自由主義的コンセンサスへの変化による政治の動揺という現状認識に基づいた通時的分析、③チャーチルの述べたイギリスを取り巻く「コモンウェルスと帝国」、「英語圏の世界」(とりわけ英米関係)、「統合されたヨーロッパ」という三つの輪に加え、「連合王国内部の結合」を併せた四つの輪、それぞれの変化、④階級社会やそれに組み込まれていたイギリス国民のアイデンティティの変容、である。
 以上四つの視座はこれまでにも英国史を分析する際用いられてきたものだったが、本書では研究の進展に伴ったその内実の変容や枠組みそのものの妥当性などを問いながら著者の見解を示していく方法を取っている。

 叙述自体は1940年代初頭、第二次世界大戦のさなか、既に戦後の社会をいかに作っていくか議論されていたところから始まり、ごく最近の2017年総選挙前後で終わっている(このあたりになってくると歴史学というより政治学の領分だろう)。
 戦後すぐの政権は労働党であれ保守党であれ福祉国家体制のもとでのケインズ主義的な経済政策は多少の振れ幅こそあれ共有されていた。これが上の②における社会民主主義的コンセンサス、いわゆるバッケリズムである。このコンセンサスは①に関わる1970年代のイギリス衰退論、「イギリス病」というイメージの蔓延る世相の中でその魅力を失い、サッチャリズムの登場と相成る。
 しかしながら、著者によるとイギリスの衰退はあくまで他国の台頭による相対的なもので、相変わらずイギリスは先進国の一角であり、サッチャリズムの登場は必ずしも必然的なものではなかったようだ。
 政治がこのような展開を取る中で、保守党、労働党のそれぞれの内部でも分裂がはじまり、同時に社会的にも国民のアイデンティティの変容が進んでいく。③に関わる外交政策もまた、国内の状況と無縁ではなかった。

 このように四つの視点を交錯させつつ、直近までの英国現代史が語られていく。現代史においては関係者が生存しているような時代についてはまだ評価が定まらないところがあるが、少なくとも過去の延長線上でなぜこうなっているのかを分析する分には本書は成功しているように思われる。
 イギリスのみならずヨーロッパやアメリカの行く末も先が見通せなくなってきている現在だが、今一度歴史を振り返って先を考えるために本書は格好の素材となってくれるだろう。
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鉄勒京二

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