藤原辰史『トラクターの世界史』


 中公新書の一冊で著者は農業史がご専門の藤原辰史氏。副題は「人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち」。
 
 斯様な副題ではあるが、トラクターが人類史に及ぼしたインパクトとはどのようなものだったのだろう。これは誰しも普段はあまり考えることがない問題である。そもそも、トラクターについて深く考える機会というものは、常日頃トラクターに触れている農家でもなければあまり無いだろうし、管理人も本書を読むまで考えたこともなかった。
 そも、歴史の記述において工業化が進む時代に入ると、農業に対する視線はややなおざりになりがちだ。高校世界史のトピックでも三圃制や囲い込みは出てくるが、それ以降は(トラクターの登場に関しても)ほぼ触れられるところはない。
 しかし、人間の数は限られている。都市部の工場に人手が必要であるとは言っても食料は生産せねばならず、そのためには少しの人数で大規模な食料生産が行われる必要がある。ここに農業の機会化の契機が訪れる。農業におけるトラクターの登場は工業の発展、都市化と表裏一体であったわけだ。その意味において、トラクターの登場は単なる技術史の各論のみならず社会史の総論にも絡んでくる。本書はそのトラクターの歴史について、登場から主に冷戦時代の農業機械化が盛んだった頃までを扱い、また日本のトラクター史にも一章を割いている。

 個人的に興味深かったのはトラクターと戦争との関わりか。単に戦車が履帯トラクターをベースに開発されたというだけではなく、総力戦体制下における食料生産の効率化・男性人口が戦地に吸いとられることによる銃後での労働力の補充などを見ていくと、銃後の社会において、トラクターが果たした役割について考え込むことを余儀なくされる。
 またトラクターの開発においてはフォードを始めとする自動車メーカーと、主にトラクターを専業で作っているメーカーとのせめぎ合いも面白い。

 全体としてはトラクターの功罪両面について記述されており、機械工学や農学に関する予備知識も大して必要ない。こういう本を待っていたという読者は少ないかもしれないが、なんとなく手に取ってみて大変面白かったので、歴史に興味のある人になら自信を持っておすすめできる一冊となっている。
プロフィール

鉄勒京二

Author:鉄勒京二
当ブログは一介の歴史好きが読んだ本を紹介したり、書いた文章を公開したりするための場です。執筆記事は西アジア史関係が多いですが、読書は西アジアにこだわらず地域・時代を広く浅く扱っています。
当ブログの内容を雑誌・書籍等にご利用されたい場合はご一報下さい。
管理人への連絡は下記メールフォームか拍手でどうぞ。

検索フォーム
カテゴリ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アクセスカウンター
リンク
月別アーカイブ